春の嵐・・・
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夫は大人になってからずっと病気らしい病気はしたことがなく、医療費といえば虫歯の治療くらいのものでしたから、サラリーマン時代は毎年払っていた健康保険料を高いと感じていたようでした。
しかし最近はやはり加齢とともに、身体のあちこちがほころびてきて、最近は検査だ薬だと結構病院のお世話になることも多くなりました。
定年退職後は夫も国民健康保険に加入していますので、1年に1度、中野区の国民健康保険給付担当から医療費のお知らせが届き、いつ、どこの医療機関にかかって医療費はどれだけかが一覧になっています。
特に前立腺がんが発見された昨年は治療に通院する回数も多く、昨年度の大学病院・総合病院・個人病院の内科・泌尿器科・放射線科・眼科・歯科の受診分と薬局での医療費の総額が1,374,230円でした。医療費の総額が3,000円以下のものは区の医療費のお知らせには記載されていませんので、このほかにもいくらかの医療費はかかっていますが、夫の場合、がんの治療は放射線だけでしたので、もし手術をしていればさらに医療費は嵩んだでしょう。
昨年度総額1,374,230円のうち、夫の負担分は3割ですから、ざっと計算して41万円あまりですが、負担は医療費だけでなく、通院の交通費だけでも10万円近くでした。夫の場合は高額医療費の適用はありませんでしたが、確定申告後に還付金はありました。
私は、一昨年度は大腸のポリープを手術したり、過労で入院したりといろいろあって医療費もかかったのですが、昨年度分は歯科に1度かかっただけで医療費総額は9,330円のみ。自己負担はその3割です。
今月から新たに長寿(後期高齢者)医療制度がスタートしましたが、各地で混乱が続き、早くもつまづいた形だと報道されています。歳を重ねても誰もが安心して暮らし続けられる社会にしていくための医療制度を早く確立することが必要ですね。
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家族が風邪をひいて咳がひどく出ているので、気をつけなくっちゃと思っていました。
土曜日頃から何となくのどの辺りがいがらっぽい感じになって、とうとう月曜日の朝は熱が出て、声も出なくなっていました。
昨日、今日と家族全員風邪でダウン。のどが痛くて、咳き込んで、頭はボーッとして何もやる気が出ず、ゴロゴロしています。
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今は病院で出産することが当たり前のようになっていますが、ここ数年、助産院や自宅で出産する人が少し増えて、これまでは全体の約1%だったのが、1.2%になったそうです。世界的にも医療に管理されたお産から、女性自らが主体となる「アクティブバース」の考え方が出てきて、助産師や助産院が見直されているようです。
山形県遊佐町に住む友人のOさんご夫婦の長女Nちゃんが、目黒の自宅で助産師さんの介助で初めてのお子さんを出産したと聞き、お祝いに行ってきました。
予定日よりも4日遅く生まれて今日で9日目。くっきりした二重まぶたのかわいい男の子です。生まれる前から若い両親が決めていた「聖(ひじり)」ちゃんと名付けられ、出過ぎるほどのおっぱいを飲み、みんなに代わり番こに抱っこされながら気持ちよさそうに眠っていました。
Nちゃんの出産を支えてくれた助産師さんは神谷整子さん。NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で昨年放映された日本一忙しい助産師といわれ、これまで助産院や自宅で600人の出産に立ち会ってきた人です。
N子ちゃんの両親は、この放送を見て感動し、こんな助産師さんの手助けでお産ができたらどんなにいいだろうと話していたそうです。
その後、娘のNちゃんから神谷さんの介助で自宅でお産をすると聞いたとき、ビックリするやら嬉しいやら、Nちゃんが神谷さんとの出会いを得た幸せを感謝したそうです。
Nちゃんとお母さんは「自宅での出産は自然にまかせたとてもゆったりとしたいいものだった」といいます。
胎内から出るとすぐに母親のお腹の上に赤ちゃんを乗せ、へその緒はすぐには切らないで、母親や出産に立ち会った父親、祖母などが触って確かめてから切る。「人生でこんなに頑張ったことはなかった。お産の痛みはもう忘れた」とNちゃんは笑っていました。
出産に立ち会ったNちゃんのお母さんは産後のケアで今も付き添っていますが、Nちゃんのお父さんは今日、山形から初めて初孫との対面にやって来ました。
「何時間見ていても飽きないねえ」と聖ちゃんを抱っこして本当に嬉しそうなお父さんを見ながらNちゃんは「父へ25年ぶりの生まれて初めての親孝行です」と照れています。
出産にも立ち会った聖ちゃんのお父さんは、仕事が終わると即帰宅。授乳に不慣れなNちゃんに介添えしたり、オムツを替えたりと育児に一生懸命。今の若い男の人たちは気負わずに何でも自然流にこなしていていいなあと、私は自分自身の子育て時代を振り返りながらうらやましい気持ちで眺めていました。
Nちゃんの自宅出産、そして昨夜観た映画「終わりよければすべてよし」を通して、人がこの世に生を受け、最期を迎えるときまで、本当に人間らしく生きることを「命の輝き」という観点から捉え直していくことを改めていろいろと教えてもらったように思います。
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「俺はがん保険に入っているから、がんになっても安心だ」 13年前からがん保険に加入している夫は、いつもそう言ってました。
ところが実際に前立腺がんの診断を受けて治療を開始し、給付を申請したら、夫が加入していたがん保険ではもらえると思っていたものがあれもこれもダメなことが分かったのです。
がんと診断された時にもらえることになっている「がん診断時給付金」は、満額給付は65歳までで、夫は既に2年過ぎていたので、何と給付は半額になっていました。
35日間(放射線照射のみ)の通院治療を受けたので、その分の通院給付金が支払われると思っていましたら、これもダメ!なぜなら通院給付は、手術入院の前後の通院に限られ、放射線照射を受けるだけの治療の通院は対象にされず、給付金はゼロでした。がんの治療は手術が前提なのです。
加入時に説明を受け、なおかつ約款をきちんと読んでいたとしても、実際にがんになってみないと書かれている内容が理解できていないことがよーっく分かりました。
保険会社は、主治医に頼んで何日か入院させてもらったらどうか?とアドバイスをしてくれましたが、「1日、数分間の放射線照射に入院も何だかなあ・・・」と夫は入院せずに通院治療を続けました。
友人のファイナンシャルプランナー、S生命保険会社のKさんのお話によれば、「がん診断時の給付金だけを大きくもらえるようにしておくといいんですよ。僕なんか・・・・・・・・円もらいましたから。」
Kさんが大腸がんの手術をされたのは4年くらい前だったでしょうか?給付金額を聞いてビックリ!さすがです。Kさん!!
いいこと尽くめのがん保険のテレビコマーシャルが頻繁に流されていますが、よくよく内容を考えて加入した方がよさそうです。
ご希望の方はそっと私にご連絡ください。Kさんにお繋ぎしますョ ♪♪
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夫の前立腺がんについて書いたブログを読んだ方から電話をいただきました。どちらの方か、お名前は分かりません。でもとてもご心配の様子でした。
その方の夫が前立腺がんの診断を受け、担当医から「腹腔鏡手術をします」と言われ、日程も決まっているそうですが、できれば手術は避けたいと毎日悩んでいて、ご本人はノイローゼ寸前とか。同じ60歳代でも夫よりずっとお若いようです。
通院中の病院は夫と同じですが、担当の医師は違います。夫の場合はK大学病院の前立腺腫瘍専門医の一人で、がんの診断時はもとよりその後の対応についてのインフォームド・コンセントは私たち夫婦が納得できるものでしたが、電話の方の場合は医師が一方的に決め、患者との間で治療法についての合意ができていないのです。
前立腺がんと言うと、ほとんどの人が、「年をとった男性には多いらしいし、進行も遅く手術して取ってしまえば大丈夫なんでしょ?」と軽く言います。日本では3人に1人はがんにかかると分かってはいても、がんと診断された本人にとっては晴天のヘキレキなのに。
日本のがん治療は、まず手術をして、その後放射線やホルモン療法というのが一般的のようですが、放射線医療、緩和ケア専門医の東大病院准教授、中川恵一さんの著書などによれば、今、欧米ではまず手術ではなく、放射線治療が標準的な治療となっているといいます。もちろん、治療法の選択は患者によってがんの進行度やがんの種類、年齢も立場も違うし、ひとくくりにはできません。
昨年も書いたのですが、夫の担当医は夫と私に前立腺がんを告知した後、その後の対応及び治療の選択肢について、
1、このまま何もしない
2、ホルモン療法
3、手術 (開腹or腹腔鏡)
4、放射線治療
の4点とそれぞれの治療後に出るかもしれない副作用、また後遺症についての説明を行い、
「前立腺がんは進行が遅いのですが、80歳を超えているならともかく、ご本人の67歳という年齢を考えると、このまま何も治療をしないという選択はないだろうと思いますし、ホルモン療法はがんを完治させることが難しいので、1と2は積極的には勧められません。3か4のどちらかの選択がいいのではないかと考えます。」と専門医としての見解を話されました。
さらに、「私への質問には何でもお答えします。また今はインターネットや出版物などで情報がたくさん取れます。ご主人の人生ですから最終的にどのような治療法を選ぶかはご主人がお決めになることですが、ぜひご家族も一緒に調べて相談なさってください。」と明るく締めくくったのです。
検査からずっと不安な毎日を過ごしていた私たち夫婦にとって、信頼できる医師に出会えたことは本当に良かったと思います。
娘たちも一緒に本やインターネットなどで情報を得た結果、夫は放射線照射を選択し、35日間の通院による治療を受けました。トモセラピーによる治療がいいのではないかとも考えたのですが、病院が遠いことや治療を受けるまで3ヶ月以上も待たなければならないため、本人はやはり不安で待ちきれなかったというのが実情でした。
夫の場合、急性の副作用は頻尿、膀胱炎、尿漏れ、倦怠感、一時的ですが食欲不振、また常に下半身に違和感のある症状が出ました。照射後も2ヶ月ほどは頻尿、下半身の違和感が続きました。現在は全くありませんが、照射後6ヶ月くらいに直腸からの出血など慢性の副作用が出るかもしれないと放射線担当医から言われているので、その不安は残っています。
夫のPSA検査の数値は、放射線治療が始まった9月14日で7.1でしたが、治療が終了した11月6日で5.78になっていたことが、今年2月の診察日に分かりました。2月の診察日の検査の結果は5月の通院時に知らされますので、いずれも3ヶ月のタイムラグが生じています。
手術の場合は割合早く結果が出るということですが、放射線治療を受けた場合は、照射が終わって6ヶ月後にようやく治療の結果が出てくるのだそうです。5月にはさらに数値が下がっているよう祈る毎日です。
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3月に入った週末、Uさんご一家の連名で、写真付きのはがきが届きました。
Uさん?はて、誰だろう??
「旧年中はお世話になりました。皆様のご支援により2006年12月に渡米、翌月にドナーとなられた方のご家族のご意思により娘さくらはカリフォルニア州の病院で心臓移植を受けることができました。経過も順調で去年9月に帰国しました。新年を迎え家族3人で生きる喜びをかみしめています。皆様のご厚情に心より御礼を申し上げます。」の文面に加えて、「おかげ様ですっかり元気になり、毎日活発に遊んでおります。もうすぐ6歳になります。ありがとうございました。」の添え書きがありました。
公園でくつろぐ幸せそうな親子3人の笑顔いっぱいの写真を見ながら、ああ、あの、さくらちゃん!と納得。
当時、新聞や雑誌でもさくらちゃんの病状や治療費に関することなどが報道されました。私たちはさくらちゃんご一家を直接は知りませんが、さくらちゃんのご両親が夫の元職場の後輩です。元職場の同僚や退職した職員で組織する旧友会のメンバーが、さくらちゃんの心臓移植に関わる支援を積極的に行っていて、私たち家族もささやかながら支援をさせてもらいました。
Uさんご家族は、莫大な金額の医療費を大勢の方々から支援をうけたことを、ネットなどで一部の心ない人から中傷され、苦しんでいると雑誌の記事で読んだことがありました。どんな思いでおられるだろうと、遠くから心配していました。
でも今日、元気になって幸せそうな笑顔のさくらちゃんとご両親の姿に、心からホッとしました。
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「平和の森公園でウォーキングをしながら、おしゃべりしません?」とH本さんから電話があった。
もう80歳に近いお歳でも自営業で忙しく、土曜の午後と日曜日だけがゆっくりできる時間なので、よく平和の森公園芝生広場の周りを歩いているという。
「選挙以来、あなたのことが気になっていて、もうそろそろいいかしら?と思って誘ったの。」とこの日を待っていてくださったのだそうだ。
今日は燦燦と陽はさしているけれど、風が強いためか、ジョギングやウォーキング、凧揚げ、ボール投げを楽しむ人たちは思っていたほど多くない。
我が家の庭と言えるほどの近さにありながら、日ごろはご無沙汰している平和の森公園で、遠くのかすかに見える富士山を探して眺め、そして今の政治のこと、H本さんの若い頃のこと、O市で市議をしているお嬢さんのA川さんのこと等など、歩きながら、またベンチに腰掛けて・・・・・たくさん話をした。
気持ちのいい午後の3時間。
H本さんの温かい気遣いに心から感謝。
この場所は周りの木々が風をシャットアウトしている陽だまり。公園の中の一番暖かい場所は猫が良く知っている。私たちも一緒に日向ぼっこ。
池には薄氷。
江古田にお住まいの漫画家で、映画にもなった「夕凪の街、桜の国」の作者、こうの史代さんが仲立ちとなって、一昨年の秋に広島の市民団体から贈られたベビーポップラがこんなに大きくなって真っ青の空に伸びていた。
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気が付けばもう1月も終わりに近い。
一日が本当に早く過ぎて行く。
24日の午後、地域の自殺対策を進める活動をしている地方議員有志の会が新宿で開かれた。
自殺対策基本法成立に向けて活動を進めていた横須賀市の藤野英明議員の呼びかけでスタートした一昨年から、年に2回ほど東京、神奈川、宮城、京都、大阪などから集まって学習会を行ったり、それぞれの議会質問や自治体の取り組み状況などの情報交換をしている。当初からのメンバーだった私も参加させてもらった。
今回は
1、昨年12月に神奈川県平塚市で全国初の自殺対策のための条例を議員立法で成立させた江口友子議員から制定過程について話を聞くこと、
2、自死遺族の悲しみを分かち合おうと「藍の会」を立ち上げ、自殺防止に向けた活動を進めている仙台市の田中幸子さんを招いて話を聞くこと。
が主な内容。
平塚市議の江口さんの取り組みは議会の他の議員への働きかけ、連携が成功したいい例として学ぶべきものがたくさんあったし、田中さんはご自身も息子さんを自殺で亡くされ、自死遺族の悲しみを分かち合おうと活動を地域で広げているお話からは自死遺族を支えていくための活動のあり方など、今後の課題も含めて受け止めた。これから私自身が地域で自殺防止対策を進めるための活動に生かしたいと考えている。
日本の年間の自殺者は昨年までの9年間、毎年3万人を超えている。
介護疲れ、多重債務、いじめ、過労によるものなど、ほとんど毎日、自殺についての報道がある。
国内の交通事故死は2006年がおおよそ6300人で自殺者数の5分の1だ。
自殺率(人口10万人あたりの自殺者数)はアメリカの2倍、イギリスの3倍。
日本は先進国の中で自殺者が群を抜いて多い。
この10年間の日本の自殺者は我が中野区の人口と同じ30万人。中野区と同じ人口規模の自治体が無くなったということと同じだ。
その中野区でも区の統計から見る自殺者は年間60人、2006年までの10年間で600人を超えている。
でもそうした現実を知る人が少ないのは、まだまだ自殺が「勝手な死」とみられていること、そして自殺が隠されているから。
身内の自殺は「恥」という意識が根強いため、多くの遺族は深い悲しみの中で誰にも話せず自身を責め、トラウマを抱えて生きている。
今、ようやく日本でも自殺を「自殺する個人」の問題だけに止めるのではなく、「自殺する個人を取り巻く社会」に関わる問題として取り組むべきだという考えが主張されるようになり、一昨年6月に自殺対策基本法が制定され、国や自治体の取り組みが少しづつ進められるようになった。
「自殺は避けられる死」であるという認識のもとで行う総合的な対策が必要だ。
30年前、私は1年半の間に2人の身内を自殺で失った。
うつを病んだ2人の身内の通院に付き添い、1人とはともに暮らしながら自殺を止めることができなかった。
2人とも生きることに苦しんで、苦しみぬいた末に自ら命を絶った。
ともに暮らした身内の自殺の第一発見者は私。
その時の光景は今もまぶたに焼きついたまま消えることはない。
自責の念からも開放されていない。
私が身内の自殺について話せるようになったのはここ2~3年のことだ。
自殺防止に向けた活動をしている、NPO「ライフリンク」の集会に参加したことがきっかけだった。
親を自殺で亡くした青年が、自分を責め苦しみながら、同じ思いをする人を少しでも減らすために重い口を開いているのを目の当たりにしてからだ。
しかし他の人に話せるようになったのは私だけ。
30年を経た今もなお残された身内の者の悲しみや苦しみに変わりがないことを知ったのは、つい2ヶ月前の晩秋の旅先だった。
夫も未だ口を閉ざしたまま語ることはない。
私とはまた違う苦しみを胸の内に押し込みながら耐えているのだろう。
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23日朝のテレビニュースで民主党参議院議員の山本孝史さんの訃報を聞いた。
とうとう・・・
胸がキュンと痛かった。
山本さんは自身ががんであることを公表し、がんと闘いながら参議院議員として昨年同時期の「がん対策基本法」「自殺対策基本法」の成立に尽力され大きな功績を残された。
この夏の参院選で比例区の山本孝史さんを含む民主党の8人の候補者の公選はがきを友人、知人から受け取ったけれど、最終日新宿での山本さんの街頭演説を聞きに行き、私の比例区の1票は山本さんに投じた。当確が出たのは開票が始まって8時間ほど経った翌朝5時近くだった。ホッとして眠りについた。
今、様々なサイトで静かにその死を悼む声が続いている。
ライフリンクのMLには何人もの方々のコメントが寄せられていた。
あるジャーナリストは次のように報告している。
「孝史さんは、夫人に看取られて、
22日夜11時50分、
穏やかに、眠るように、息を引き取られたとのことです。
その日は、ヒゲを剃ってサッパリした表情。
秘書さんは安心して病室をあとにしたとのこと。
救いは、念願だった著書
『救える「いのち」のために-日本のがん医療への提言』
(朝日新聞から年明けに配本の予定)の試し刷りが、
21日(金)枕元に届き、
それを見届けて、安心して旅立たれたとのことでした。」
心から山本孝史さんのご冥福を祈っています。
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9月14日から始まった夫の前立腺がんの放射線治療が11月6日で終了した。月曜日から金曜日まで毎日、全部で35日間の通院治療だった。
通院はほとんど夫の運転による車で。時々、電車とバスを乗り継いで通った。私もずっと付き添っていたが、3分の2を過ぎた頃からは一緒に行くだけで疲れてきて、私の方が数日休んだ。
この放射線治療によって、前立腺のがんが消えたかどうかはすぐには分からないのだそうだ。
今後のPSA検査の結果を待つことになる。
早期のがんで、がん自体の自覚症状は全くないが、治療による副作用はいろいろと出ている。我慢できないような痛みではないそうだが、常に下半身に違和感があり、大小便の排泄時、また排泄後などには特に痛みを伴う気分の悪さに閉口しているようだ。
家にずーっといると気分が滅入るからと、天気の良い日には気晴らしにウォーキングなどに出掛けている。
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9月14日から始まった夫の前立腺がんの放射線治療は土・日・祝日を除く毎日の通院で、先週金曜日で14日目になった。
リニアックという装置で放射線を分割照射している夫の場合は、おへその下と腰の両脇に十字のしるしを付けられ、当初は約30秒間づつ2回、2グレイの放射線を照射していた。
がんの場所によっては直接身体の表面にしるしを付けるのではなく、患者に合わせた固定具をつくり、その上にしるしをつけるそうだ。脳のがんに照射するために、顔にしるしを付けられ、治療を拒否する患者も過去には少なくなかったそうだ。
35日間連続の通院が予定されている夫の治療中、3連休が3回もあるので温泉に誘ったが断られた。
家族にもしるしを見られるのは抵抗があるのに、温泉なんて!という。外からは見えなくても本人にとってはイヤなものだろう。
夫の日常生活はこれまでと見た目は変わらないが、治療が進むにつれ、頻尿、膀胱炎、一時的だが食欲不振や倦怠感などの副作用が出てきた。通院途中でガソリンスタンドや公園のトイレに駆け込むことも多い。
そのため12日目からは前立腺の隣にある直腸などの臓器に当たらないように照射角度が変えられ、放射線量はこれまでと同じ2グレイだが、四門照射2回から回転照射6回になった。
どのくらいの放射線を何回にかけて照射するかはがんの種類や進行度などに合わせて放射線腫瘍医によって厳密に算出されているが、放射線量は5%変わっても治癒率に差が出るという。
治療初日、夫が緊張して入って行ったリニアック室の入り口。
直線加速器(Linear accelerator) 日本ではリニアック、ライナックなどとよばれる装置。台に患者が横たわり、上の丸い装置がコンピューターによって操作される。
ドアが閉められ、夫の前立腺がんへ放射線照射中のリニアック室。
夫の治療計画のデータはこのコンピューターに入力され、ここからリニアックへ照射の指令が出る。
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前立腺がんの疑いで、7月に前立腺生検を受けた夫は、生検後、敗血症の合併症で40度近い熱で数日苦しみ、10日間入院した。
当時の主治医は非常にマレな事例と言ったが、このことを書いた8月1日のブログにコメントを寄せてくださった1000vaさんも、父親が全く同じような状態になっているという。
病院が公表しないだけでこうした状況は結構頻繁に起きているのかもしれない。
インターネットで検索しても敗血症などの合併症については十分な情報が得られずとてももどかしい。
結局、夫は前立腺内の組織を10箇所から採取した生検で、1箇所からがん細胞が検出された。
その後、紹介を得て転院し、さらにCT,MRI,アイソトープなど、いくつかの検査を行った結果、骨や他臓器への転移はなく、前立腺内だけの早期のがんであることが分かった。
前立腺がん腫瘍専門医である主治医は今後の対応について
1、このまま何もしない
2、ホルモン療法
3、手術(2種類)
4、放射線治療
の4つの選択肢を夫と私に伝えた後、
「前立腺がんは進行が遅いが、ご本人の67歳という年齢を考えると、このまま何も治療をしないという選択はないだろうし、ホルモン療法はがんを完治させることが難しいので、1と2は積極的には勧められない。3か4のどちらかの選択がいいのではないかと考えます。」と,手術と放射線治療の副作用や後遺症などについての説明をした。
さらに、「私への質問には何でもお答えしますし、今はインターネットや出版物などでも情報がたくさん取れます。ご主人の人生ですから最終的にどのような治療法を選ぶかははご本人がお決めになることですが、ぜひご家族もご一緒に調べてご相談なさってください。」と締めくくった。
私たちはインターネットでたくさんの情報を得る一方で、がん専門医などが書いた出版物を読みあさった。
これまで日本ではがんの治療と言えば、手術が圧倒的に多かったが、欧米では放射線治療が標準的な治療となっているという。
現在では日本でも体内を輪切り状態に撮影できるCTなどの開発が進み、がんの範囲が特定できるようになって副作用も少なくなり、がんの放射線治療は大きく変わってきたそうだ。しかしまだまだ日本の放射線腫瘍医や医療技術者も他の先進国と比べ、非常に少ないという。
今年4月に施行されたがん対策基本法には、ようやく放射線治療などに関わる医師や医療関係者の育成を図ることが明記されたが、日本のがん対策は世界のレベルに遅れをとっているようだ。
治療法の選択は人によって症状も年齢も立場も違うし、ひとくくりにはできない。
夫は「手術を受けて後遺症で尿を垂れ流すようになるかもしれないし、おむつをしたり、抗がん剤でボロボロになってまで生きたくない。」と言い、いろいろ悩んだ末、放射線治療を受けることを選んだ。
もちろんこの治療法でも直腸からの出血や膀胱炎、頻尿など、急性、慢性の副作用の不安はある。
夫はセカンドオピニオンを求めるため、前立腺腫瘍医である主治医から放射線腫瘍医への紹介を受けた。
患者自身の意思を尊重する医師に出会えて本当に良かった。
月曜日から金曜日まで、土・日・祝日を除く7週間、35回の通院が始まった。
初日の今日、夫は午前11時過ぎから30秒の照射を2回受けたという。
終わって病院近くの筑紫樓でふかひれのランチ。
久々の筑紫樓のふかひれに満足。
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血液検査で腫瘍マーカーを検出するPSAの数値が高くなった夫は、内科のかかりつけ医から紹介され、6月15日に阿佐ヶ谷駅近くの総合病院泌尿器科を受診。
担当のM医師の直腸診で、前立腺に硬くなっている部分があり前立腺癌が疑われるので、超音波で前立腺組織を採取し、癌細胞の有無を確認する前立腺生検を受けるよう勧められた。
7月4日には麻酔が効くかどうかの検査のために通院。
7月10日に泌尿器科S医師の執刀で肛門からの超音波による前立腺組織の採取を10箇所から行った。(とS医師から説明を受けた。)
病室に一泊して特に異常なしとの医師の診断で、翌日の午前中に退院。帰宅後は一日、のんびりと過ごし、夜7時過ぎいつも通り、夕食をとった。
ところが午後9時半頃、突然、夫が「寒い、寒い」と全身をガタガタと震わせ、体をエビのように曲げ、布団にもぐり込んだ。
様子が尋常ではないので、すぐに病院へ電話をして、タクシーを飛ばした。病院に着いてから測った体温は38度9分。
病院の廊下を真っ直ぐには歩けないほどフラフラの状態で、嘔吐も続いた。採尿をと言われて採った尿はまるで赤ワインのようだった。
救急治療室で約1時間余り点滴を受け、明日、改めて受診するように言われ帰宅。
一旦は収まったものの、翌12日朝、また同じような症状が出て、急ぎ再びタクシーで病院へ。
即、入院となり点滴を続けるが40度近い高熱が出たり、引いたり。
12日から18日まで100数十時間、抗生物質の点滴を続けた。7日間、カテーテルによる排尿を続ける。
本人・家族への説明を記したS医師(夫の生検を担当した医師)のプログレスノートによれば、今回の夫の病状について
「今回、前立腺生検によって、前立腺に炎症が発症したもので、菌が前立腺の血管に入り、全身に廻ったことが原因と考えられます。それによって発熱、排尿時の痛みが生じたと思われます。
検査前から抗生剤を投与していますが、検査説明用紙にもあるように、肛門から超音波を入れて検査するので、直腸を消毒しても、便からの大腸菌を完全になくすことは不可能です。(以下、省略)」
医師からは病状の経過説明はあった。そして「発熱後、あのまま家で我慢していたら危なかったですね。」とも言われたが、家で我慢できるような状態ではなかった。
医師は病名については本人にも家族にも言わなかった。
医師としてこれまで経験の無い事例に出会ったのだろうが、そんな危ない状態の患者を500mlの点滴をしただけで、帰宅させてしまっていいのか、医師として無責任すぎないか?夜間の救急医では専門外?
夫の病状への不安と病院への不信が入り混じる気持ちを抱えている時、TさんとIさんから同時に中野区内の泌尿器科専門医のY先生を紹介され、S医師のプログレスノートを持って訪ねた。
Y医師は「ああ、敗血症ですね。生検で前立腺の組織を採るときに菌が血管に入って全身に廻っちゃったんですよ。こんなこと、めったにないですけどねえ。大変な目に合いましたね。」と私が持参したプログレスノートのコピーをした。
K総合病院が出している、生検を受ける際の「患者様へ」という説明書には、前立腺生検の合併症として
①出血 ②感染症 ③排尿・排便時の違和感の3点が書かれている。
特に②の感染症のところには、「検査の際、針を刺す部位を十分に消毒しますが、細菌感染(急性前立腺炎)が起きることがあります。検査後2~3日は発熱の可能性があります。非常にマレですが、敗血症(死亡する可能性のある重篤な全身感染症)が起きることもあります。」と書かれている。
夫は生検後、全部の合併症が出た。
S医師は、「これまで何千の数の生検を行っているが、こんなことは初めてです。」と言った。
7月13日、蒸し暑い日だったが、夫はベッドで病院の羽毛肌掛け布団3枚とスイッチがON になった電気毛布を掛けて寝ていた。この日が一番辛かったようだ。
後にS医師からもらった血液検査のデータを見ると炎症の状態を示す数値は13日と14日がピークになっていた。
S医師に「夫は敗血症になったのですか?」と聞くと、「そうです。」
私「先生、退院した日の深夜、病院へ来たときに症状から敗血症との診断はできなかったのでしょうか?」
S医師、「まあ、無理でしょうね。」
夫は7月19日に退院したが、元の状態に戻るのに思いがけず日数がかかった。
夫のような事例は医療事故ではないのか。
S医師は「ご本人の持っている菌が入ったのです。検査の結果では特定される菌は検出されなかった。」と言う。
Y医師も「まあ誰が悪いと言う訳ではないですから。」と・・・
しかし旧知の医師は「医療事故だよ。」と断言する。
7月10日は夫を含め3人が、午後1時半から続けて生検を受けた。夫は3番目だったが、直腸の消毒は十分慎重にされていたのだろうか。どうしても疑問は消えない。不運で済まされてはたまらない。
7月26日に「10箇所中、1箇所から癌細胞が発見された」と生検の結果が知らされた。
M医師から「今後はMRIやCT等によって、他の臓器への癌の転移の有無などの検査に入りたいので、日程の計画を立てたい」と言われたが、病院を変えて検査をしたいと申し出た。
Y医師からの紹介で他の病院で検査、治療を受けることに決めた。紹介状と生検の結果を持って今日、病院に行く。
検査くらい、総合病院ならどこも同じと考えていたのは甘かったのだろうか?
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いよいよ花粉症の季節になったのでしょうか。もう30年以上、この季節には毎年悩まされています。
今日は鼻水が止まらず、頭が重く、ボーッとしています。ティシューの箱をパソコンの脇に置いて仕事をしているのですが、一日でもう鼻の下がヒリヒリとしてきました。
毎年、薬の服用や注射はしないで乗り切ってきましたが、昨年はほとんど症状も表れず、とても楽にこの季節を通りました。今年はどうなるのか心配です。
ブログをアップした後、日付を見て、今日は母の命日だったことを思い出しました。実家に電話をして、仏壇にお線香をと義姉に頼み、ブログの付け足し。
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