2008年4月24日 (木)

私の誕生日

夫からのバースデイ・プレゼントは、すみだトリフォニー(小)ホールで開かれたタンゴのコンサートへの招待。先日の哲学堂公園のお花見で聞いたタンゴのバンド、チコス・デ・パンパの演奏です。1時間半あまり、若手演奏家の古典を中心にした歯切れの良いアルゼンチンタンゴ(ミロンガも)を約30曲楽しんできました。note

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演奏後、中野に戻って北口の「鮨磯」で夫と乾杯。heart02 
体調を崩し、今月は全然お酒を飲んでいなかったので、ビールの美味しいこと!!

お店には久し振りだったし、ちょうど客足が引いたところだったので、お店の大将と裁判員制度、光市の事件、サンプラザ、警大跡地、区政、野球、健康など、まあ次から次へといろいろな話題で盛り上がり、よく飲み、よく食べた満足の2時間でした。

帰宅すると長女からの花束と携帯ストラップのプレゼントが待っていました。lovely

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お二人のマイミクさんからも誕生祝いのメッセージをいただきました。ありがとうございました。

コンサートが終わった頃、忙しくて誕生日を忘れていたらしい二女から、会社帰りに「おめでとう」と携帯メールと留守電。息子には完全に忘れられている60ウン歳のマイバースデイ・・・でした。

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2008年4月19日 (土)

沖縄の香りがいっぱい

の小包が届きました。沖縄・那覇に住む姪夫婦からです。冷え込む今日は、小包が運んできた沖縄の風が我が家の居間にふんわりと心地よく吹いているようですnotes

箱の中には釣りの好きな夫にうみんちゅう(海人)と書かれた真っ赤なTシャツ、「ぬちまーす」という常温瞬間空中結晶製塩法でとった沖縄の海水100%のミネラル海塩、沖縄産の黒糖を使ったみそ入りピー糖、カジマヤー(風車祭)と呼ばれる沖縄に古くから伝わる97歳の長寿祝いの黒糖等々.
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中野生まれ、中野育ちの姪がR大学教員の夫の勤務に伴って沖縄に住み始めて18年。沖縄で育った長男は東京で大学生活4年目。二男もこの春から東京で大学生です。春休みに家族中で東京へ来たときに、我が家で夕食をともにし、数年ぶり?の2家族の夕食会はにぎやかに深夜まで続きました。good

夫は来週の海釣りに着ていきたいとうみんちゅう(海人)のTシャツを喜んでいますが、上質のTシャツなのでちょっともったいないかも?みそ入りピー糖はブログを書きながら美味しくて止められない、止まらない。 
またみんなで来てね!待ってま~す。

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2008年3月 8日 (土)

母校は再編統合のため閉校。

母校が神奈川県高校改革推進計画により、再編統合されるため今年3月末に82年の歴史を閉じます。4月からは同じ秦野市内にある高校と統合され、県立秦野総合高校として再出発します。

3月8日、校舎とのお別れの日として部活の見学や記念品の展示など、卒業生や地域の人たちに学校が開放されました。

43年前の卒業生の私たちも誘い合って3年D組のクラスメートと行ってきました。学校を訪れるのは40年振りです。当時の3年D組の教室は使われていない様子で入れなかったので、隣の同じ教室でみんな当時の自分の席に座る。カメラを向けると笑顔がはじけ、何だか女子高校生に戻ったようでした。あんなこと、こんなこと・・・次々と出てくる思い出話は尽きない・・・。

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閉校される母校の校舎内のあちこちを、懐かしさと寂しさが入り混じった複雑な気持ちで歩きました。

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展示された記念品の中に、43年前の私たちの卒業アルバムを発見!3年D組のページを開いてみる。

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中庭から見上げた青い空と白い雲。あの頃と変わらない景色を心の奥ににとどめておきます。


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2008年2月21日 (木)

確定申告

19日に中野税務署に行って確定申告を済ませた。
今までは区議会事務局職員にお任せで、お世話になりっぱなしだった。

税務署の敷地内に建てられたこの時期だけのプレハブの建物の中で、職員からパソコン入力の説明を受けた。始まって2日目の夕方だったからなのか、待機時間も全くなく短時間で簡単に終了。

思いがけず多かった還付金。ラッキー!・・・には違いないんだけど、例えば寄付金の場合、同じ金額でも政党への寄付だと、母校などへの寄付と比べて戻ってくる金額が6倍。
なんだか複雑な気持ち・・・
 

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2008年2月 8日 (金)

伯母の法事

品川にある夫の従兄弟が住職を務める寺で、夫の伯母の17回忌が行われた。

東京在住の親戚代表だった叔父が一昨年亡くなったので、来賓の挨拶の後は夫が献杯の発声を頼まれた。いつの間にかそんな歳になってしまったと夫は苦笑。

夫は久し振りに従兄弟達に会い、昔話を楽しみながらお酒を飲み過ぎた。

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左は今日の導師、栃木県大田原市、大田山光真寺住職 黒田俊雄老師。右は品川区、門了山桐ヶ谷寺住職 黒田純夫老師(2人とも夫の従兄弟)


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2007年12月 9日 (日)

義父の愛用した品

明治40年、栃木県大田原市の曹洞宗の寺で生まれた義父が肺がんで亡くなって今年で30年。12月9日が命日だ。寺は継がなかったが得度はしており、「素白」という法名も持っていた。

映画の製作を仕事にしていた義父はおしゃれで多趣味で何でも手作りする器用な人でもあった。

一緒に暮らしたことはなかったが、いつも私たち家族のことを気にかけてくれた。

義父が好んで使っていた品々を私たちは今使いこなせていない。ゆえに「飾り物」として我が家のインテリアの大事な位置を占めてもいる。

義父の生前の写真は仏壇だけでなく、幼かった頃の夫とのツーショットや子どもたちとの思い出のものなど、いつも家族と一緒の居間にあり、私たちを毎日見守ってくれている。


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晩年愛用していた猪口。


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義父がいつもお香をくゆらせていた香炉。使い方もイマイチよく分からず使うゆとりもない現在の私たち。


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銀座トラヤ帽子店製のソフト帽。小さすぎて誰にもサイズが合わない。


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ライカM3。昨年50数年振りにメンテナンスに出してカビのはえていたレンズズミクロンを換えたが、デジカメ愛用の私たちにはやっぱりもったいない。


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昭和7年義父の大学卒業記念の時計。使いたいのだが時を刻む音が大きすぎて・・・。


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ヘビースモーカーだった義父が愛用した灰皿。時々訪れる甥や次女が使う我が家の唯一の灰皿。みんなお魚さんの灰皿と呼んでいる。


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義母が愛用していた義父手作りの裁縫箱。現在は私が使っている。


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4人目の孫(姪)の誕生に合わせて義父が造った椅子。

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2007年11月28日 (水)

途絶えていた交流がゆるやかに始まる

1年振りの高校のクラス会が終って、今回消息が分かった級友の住所の記入や訂正など、整理したクラス名簿とともに当日の写真を参加者全員に送った。都合で参加できなかった級友にも「誰だかわかる?」と手紙を付けて送ってみた。

ありがとうの、電話、メール、はがき、封書、カードが毎日届く。

女学生の頃の思い出話だけでなく、仕事、夫の病気、自身の趣味や現在の暮らし、クラスメートそれぞれの卒業後の人生を想いながら、しみじみとした時を過ごす。

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途絶えていた交流がゆるやかに始まる。還暦を過ぎ、ちょうど人生の中の一段落の時期なのかもしれない。

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2007年11月 6日 (火)

抱き合って再会を喜ぶ

高校のクラス会を開いた。会場は神奈川県秦野市内のレストラン。

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私たちの母校は神奈川県立大秦野高校。当時は偏差値も高い女子校だったが、1981年から男女共学校になって、それまでの良き伝統が失われたと近隣に住み続けている旧友は嘆く。その上今年度で廃校となり、来年度は市内の他の県立高校に統合される運命にあるようだ。

今年は新たに旧友7人の消息が分かった。そのうちの一人Iさんは大阪から駆けつけ、私たちは抱き合って再会を喜び合った。ほとんどの参加者は昨年のクラス会以来、1年振りの再会だが、Mさんのように初めてのクラス会参加で43年振りに旧友との再会を果たしたという人もいて、総勢28名、すっかり女子高生に戻った気分で思い出話に時を忘れた。

皆に共通するのは英語のT先生の授業が恐怖の時間で大嫌いだったこと。クラス会のたびに話題になる。教え方もひどかったけれど、あの「言葉の暴力教師」は今だったらきっと大きな問題になっていたかもね!

歴史や地理、古典の授業、九州への修学旅行や運動会、予餞会・・・と話題は尽きない。
旧友が校歌を歌ったが、なぜか私はほとんど覚えていない。

今年、私は3人の幹事のうちの一人だった。会場は秦野市内にしたので、市内に住む他の2人には1次会、2次会の細々とした手配など、すっかりお世話になった。

2次会の後、幹事の一人、Oさんをお宅に送る車に同乗し、立ち寄るだけのつもりが話し込み、自宅に帰り着いたのは午後11時近く。(Oさんのご家族の皆さま、突然お伺いし長居をしてごめんなさい。)

来年のクラス会の幹事はOさん、Wさんで同じこの時期に開催と決まる。昨年、還暦の歳にFさん、Yさんが幹事で30数年振りに開催されたクラス会を機に毎年続いていくことになりそう。嬉しい限りだ。

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61歳のピース!

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右側の手前が私の席。

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2007年10月21日 (日)

還暦を迎えたゾウのウメ子

今朝の毎日新聞のコラム「雑記帳」に掲載された記事を何とも懐かしさ溢れる思いで読んだ。

1950年に推定3歳でタイから来日した「ゾウのウメ子」が10月20日、神奈川県小田原市の動物園で還暦を迎えたという。アジアゾウでは国内3番目の長寿だそうだ。

57年前の「ウメ子」来日当時、私は4歳で幼稚園の年中さん。その年の秋の遠足で小田原動物園に行き、タイから来たばかりの「ウメ子」に初めて会いに行ったことが当時の写真に残っている。ほとんど記憶にはない。

その後、小学校に入学してから遠足で行ったり、家族とも何回か動物園に行って、「ウメ子」に会ったことはよく覚えている。当時私たちはみんな親しみを込めて「ウメ子さん」呼んでいた。

今朝の記事で「まだ生きていたの!」という驚きと同時に、年齢が私と1歳違いだったことを初めて知った。

食パン6斤、ろうそくに見立てた大根、いちごやメロンなどの果物で飾った重さ5キロのバースデーケーキを平らげ、「この健啖が長生きの秘訣?」と来園者を沸かせたそうだ。

どうかこれからも元気で長生きして。

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2007年8月12日 (日)

バッファローの逆襲

娘の貴恵が「ぜひ見て!」と教えてくれた映像に家族中で感動!

全部で8分間ですが、4分過ぎた頃からが圧巻です。

何度でも再生して見たくなります。

http://www.youtube.com/watch?v=LU8DDYz68kM

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2007年6月 1日 (金)

「しーちゃん」の急死

29日の朝に急死した高校時代のクラスメート「しーちゃん」の告別式で神奈川県秦野市の斎場に行った。

昨年11月、20年振りのクラス会で再開して以来のしーちゃんは、私たちの呼びかけに応えることもなくお棺の中にいた。
安らかな顔をして本当に眠っているようだった。

何かの菌が体内に入り、多臓器不全による急死だったということだけれど、体調不良を訴え28日の夜病院に入院して翌朝息を引き取るまでたった半日。
あっという間の出来事にしーちゃんの夫や28歳の長男、年老いたお父さんの悲しみは大きすぎる。

薬剤師として秦野市内の病院に勤務して30数年のしーちゃん。
今年のお正月、お兄さんに「63歳の定年前に退職し、夫婦でのんびりと旅行などを楽しみたい」と語っていたそうだ。

私は親しい人の最期の別れの時にいつもしているように、お花をお棺の中に捧げた後、両手でしーちゃんの頬に触れた。まだ温もりが残る柔らかな頬にドキっとした。


高校時代の3Dの級友たちと駅近くのレストランで忌中払いをし、しみじみとしーちゃんとの思い出に浸った。

野々井志津子さん、享年60。
どうぞ安らかに眠ってください。

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2007年5月 6日 (日)

小さな植物の生命力に

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筍をくださるという電話があって、ドライブがてら埼玉方面に出掛けただけで連休中は家に引きこもっていました。

今朝、2階の居間のカーテンを開けて何気なくベランダを見ると、玄関脇の西洋菩提樹の木に新緑まぶしい葉がたくさん茂っていました。

芽吹きの頃には、葉の生い茂るのを楽しみにしていたのですが、ここのところはそのゆとりもない日々だったために気付きもしませんでした。

銀杏も青々とした大きな葉をつけています。

Aさんから毎年いただく桜草が4ヶ月ほどの間、家族を和ませてくれてもう終わりに近づきました。
2年前に植えたアメリカンブルーが小さな花をたくさん咲かせ、やはり2年前のシクラメンが真っ赤な花をつけ、いついただいたものか思い出せないシンビジウムが赤紫の花をいくつも咲かせています。

忙しさにかまけて、手入れどころか水遣りも十分ではないのに、小さな植物の生命力に驚き励まされます。

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2007年4月27日 (金)

周りの人々の気遣いが心に沁みる日々。

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朝、生活クラブ生協のお米の生産者である山形県遊佐町のA・Rさんから、今月24日の私の誕生日祝いにと卵不使用、お米の粉の手作りシフォンケーキ、「12年間お疲れさま」とやはり卵不使用、お米の粉の手作りパン、手作り味噌など、「遊佐の味」が送られてきました。心に沁みる温かい気遣いの手紙とともに。

A・Rさんは3人の子育てが終わり、1年前に菓子製造加工所の認可を得て、自家生産のひとめぼれ米と出羽餅米を粉にして米パンと米ケーキ作りに奮闘中です。

ごまパン、モロヘイヤ入りあんパン、黒豆パン、桜、白あんパン、レーズンパンなど、どっしりと味わいのあるほんとうに美味しいパンです。

シフォンケーキは以前虎ノ門にある「ゆとりと山形店」で買ったことがありますが、しっとりとして甘すぎず、これもまた何とも美味しいケーキなのです。

A・Rさんの夫は生活クラブ開発米生産者。今年は超、低農薬の米作りに取り組んでいるそうです。


選挙が終わって5日。連日友人、知人、親戚などからの電話、ファクス、メールで励まされています。メールのやりとりだけでまだ会ったこともない、三重県名張市のAさんからは昨日はがきが届き、今日は電話がありました。

幼児総合施設への移行反対運動の保護者の先頭に立っていた、区立みずのとう幼稚園の元保護者の方からのメールには、こらえていた涙があふれ、声を上げて泣いてしまいました。

選挙中、駅頭でマイクを握っているときなどによく声を掛けて下さってはいましたが、当時、文教委員だった私と毎日のように続けていた懇談の中では、私とは違う立場の方だったので、まさか支持してくださっているとは考えてもいませんでした。

「選挙の結果を知り、いても立ってもいられなくて・・・」と長いメールをくださったのです。

あちこちに電話などでご挨拶をしているのですが、皆さん、一様に「ごめんなさい。力足らずで」とおっしゃってくださるのです。今日の町会の役員会でも。

「とんでもない。ご期待に添えず本当に申し訳ありません」と言いながら胸がいっぱいになってきます。

日にちが経つにつれて、苦しさで身の置き所のない、どうしようもない感覚に包まれることがあります。

乗り越えられる力が出てくるのでしょうか。

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2007年4月24日 (火)

挨拶廻り。今日は61回目の誕生日。

午前中に、12年間お世話になった区議会事務局へ挨拶をし、その後、9階から下へ降りながら、各セクションに挨拶をして廻りました。

午後は会派控え室の資料の片付け。なかなか整理ができず雑然としていた机の上は、スッキリしましたが、まだ床から積み上げてある山のような資料は手付かずのまま。

一緒に片づけをしていた佐藤議員は午後5時半に、私は午後8時前に一旦終了させ帰宅。
何回かに分けての作業が必要のようです。

陳情者の区民の方から戴いた資料や予算・決算書、区の各分野、各セクション発行の冊子など、書き込みの文字を見たり、茶色くなったノートを見ると様々なことが思い出されます。

これまでの12年間、本当にいろいろなことがありました。

ある議員から議会の応接室に呼び出され、大声で怒鳴られたのですが、何を怒鳴られているのか全く意味が分からなかったこと、また区民委員長の時、本会議での陳情の採決の際に、委員会としては不採択だった陳情に私が賛成したことに立腹したベテラン委員が、2日後に予定されている委員会視察に会派の委員全員参加しないと言い出し、当時の区議会事務局次長から、事態を収拾するためにベテラン委員の自宅に行くしかないと言われ、タクシーで謝りに行き、帰りのタクシーでは情けなくて涙がボロボロこぼれたことなどもありました。

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24日は私の誕生日。帰宅すると上の娘がちらし寿司を作って夫と待っていてくれました。テーブルの上には次女のボーイフレンドから、また娘からの花束がありました。


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2007年2月 8日 (木)

サンプラザ前のフィーバー

  サンプラザ前の北口広場に沿ってプロマイドやTシャツを売る露天商がいくつも並び、今日は誰のコンサートがあるのだろうと思いながら、お昼過ぎに自転車で通りました。
 
 その光景はモーニング娘などのコンサートのあるときのいつもながらのものですが、フィーバーしているのはいつもの若い男の子や女の子ではなく、40代から60代の女性ばかり。

 のぞいて見たら、「氷川きよし」です。いつもと違う独特の雰囲気がありました。

 ヨン様もこんな感じなんだろうな。
 
 どちらにも興味のない、かわいくないおばさんの私は素通り。写真くらい撮ってくればよかったとちょっと後悔。

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2007年2月 4日 (日)

小さなコンサート

 区内の福祉NPO”ぱれっと”が、活動の合間に利用者と一緒にピアノ演奏を楽しもうと小さなコンサートを開催しました。会場は若宮小学校内にある区民の生涯学習用につくられた「オリーブ館」。

 障害のある子どもたちや高齢者は介助者と一緒に手拍子・足拍子、手作りのマラカスでとっても楽しそうでした。ジャズやシャンソンの名曲なども交えた演奏に私も久し振りにリラックス。

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一勝一敗

 開票が始まってすぐに民主党などが推薦の候補者の当確が報じられた北九州市長選。
 
 愛知県知事選は自・公推薦の現職神田氏の勝利となり、前犬山市長の石田氏は残念な結果に終わりました。

 柳沢厚労大臣の「女性は産む機械」発言が世論の批判を浴び、2つの選挙の結果にどう出るのかが注目されてきました。大臣の進退問題の行方は一勝一敗の結果にどう左右されるのだろうか。

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2007年1月23日 (火)

そのまんま東陣営の選対参謀

千葉県の堂本選挙、滋賀県の嘉田知事選でも思いがけない当選を勝ち取った選挙にはそれなりの参謀の存在があります。
今回のそのまんま東陣営にはどんな参謀がついて選挙を進めてきたのだろうと思っていました。

NPO法人「政策過程研究機構」(PPI)
 http://www.ppi.or.jp/
のメンバーで結成されたプロジェクトチームだったようです。

PPIはネットの世界では名の知れた団体なんですね。


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2007年1月22日 (月)

女性だけの懇親会

  夜、女性区議と区の女性管理職との懇親会が3年振りに開かれました。中華料理を食べながら、お酒を飲み笑い、女性管理職と女性議員をもっと増やし、女性パワーをさらにアップさせようと大いに盛り上がりました。
  
  今期限りで勇退するK区議には小さなプレゼントとバラの花束を贈りました。

  
   

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2007年1月21日 (日)

宮崎県知事選

  投票率が60%を超えればタレントのそのまんま東氏が当選をするのではないかとの選挙終盤の予想が大当たりとなった宮崎県知事選挙。
  今回の投票率は前回を5.51%上回り、64.85%となって、当選確実となったようです。

  タレント候補でありながら芸能人の応援は一切依頼せず、地域を細かく廻ってマニフェストを訴える地道な選挙に徹したことが、勝因のようです。

  全国から注目されて知事になってもでもなかなか思ったようにやるのは難しいでしょうね。お役人を動かすのは一筋縄ではいかないし。
  ぜひ改革派の知事として期待に応えてほしいけれど・・・ 
  

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2007年1月12日 (金)

今度は不二家?

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  中野ブロードウェイにある銀座不二家。通りかかったらお店のシャッターが閉められ、お詫びと営業休止の張り紙がありました。食べ物である以上、安心・安全は当たり前のことです。雪印事件が風化してきた気配の中、今度は不二家?

    

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2007年1月11日 (木)

自分の茶碗と箸を持たない若い世帯

  
  中野区消費者団体連絡会からの「各党ならびに区議会立候補予定の皆様へ」という公開質問状に回答しました。
  中野区のみどりを増やすための施策、区民の健康を守る施策、ごみ減量、自殺防止策、高齢者の個食・孤食問題などについて、7項目の質問に具体的な施策や考え方を記しました。
  消費者団体連絡会と環境リサイクルプラザ・消費者センター運営会議共催の新年会で公表するそうです。

  今日友人にこの公開質問状の中にある孤食・個食の問題について話していたら・・・
  区内で子育て中の若い母親を対象に講師を招いて食育の講座を開いたその友人の話。
  
  20人ほどの参加者に「自分の茶碗と箸を持っている人は?」と講師が聞いたら、3~4人が手をあげただけだったとか。最近の若いママたちの行動には驚かなくなっている友人もさすがに「えっ?!!」

  お茶碗を持ってお箸で和食を食べる食事から、お皿でフォークやスプーンを使って欧風料理を食べる食事へと変わってきたためなのでしょうか。

  生まれて100日経つとお喰い初めをし、死んだときには家の門で日常使っていた茶碗を割るという慣習は核家族化が進む現在ではほとんど忘れられているように思います。
  私自身、お喰い初めは一生食べることに困らないようにとの願いから行われることは知っていますが、お葬式のときに家のかどで茶碗を割る意味を知りません。

  活動に追われていることを理由にして、毎日を丁寧に暮らしているとは言いがたい我が身を振り返り、親から教わった日本の四季のしつらえを子どもたちにもっときちんと伝えていかなくてはいけないと反省しています。

    

  

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2007年1月10日 (水)

セクハラで初の処分―中野区
墨田区議会政務調査費の条例改正

 
  昨日、中野区は保健福祉部の52歳の職員をセクハラ行為で戒告処分したことを区の要綱に基づいて公表しました。  
  被害を受けた職員は既に職場を辞めたようです。別件のセクハラも聞くことがことがあり、早い段階で対応できていたら辞めることもなかったのではと残念です。

  
  墨田区議会は政務調査費の収支報告書に領収書の原本添付を義務付ける条例改正を2月の定例議会に提出する方針を全会派一致で決めたということです。
  このほか会派の視察も視察の意図や成果の報告を義務付けること、使途基準を明確化し、具体的な禁止事項も盛り込むということです。

  政務調査費とは別に中野区議会では報告書添付が義務付けられている議員一人9万円の視察旅費が予算化されています。私たちの会派「市民自治」はこの視察旅費は使わず、会派や個人の視察経費は政務調査費から支出しています。またその際、交通費や宿泊費などの収支報告は行っていますが、今後は目的や成果についての報告もすべきと考えています。

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2007年1月 7日 (日)

咲き始めた玄関前の桜草

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  桜草が可憐な花をつけました。
  5~6年前から毎年、11月の半ばを過ぎる頃、我が家の玄関前に桜草を植えたプランターが置かれます。丹精込めた桜草でご自宅の周りをいっぱいに飾っているAさんが我が家にも届けてくださるのです。
  これから4月くらいまで咲き続けるのを楽しみにしています。
  

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2007年1月 5日 (金)

年賀状の遅配

 
  いつも決まって元旦に配達される年賀状が何枚か来ていないことが気にかかっていました。こちらはまだ出していないのも省みず、義妹や親戚に電話で聞いてみると、皆、例年通り年末の26日くらいまでには出しているといいます。2日の消印の郵便物が3日に届いているので、やはり遅すぎます。
 
  お昼頃、中野北郵便局に問い合わせてみました。
  「同じようなお問い合わせをいただいていますが、全部配達済みです。言い訳を言うようで申し訳ありませんが、配達が遅れています。」という何だかよく理解出来ない返事でした。

  ところが夕方に配達された郵便物の中には、親戚や夫の元同僚・友人、娘や私の友人などからの年賀状が20枚以上あったのです。
  遅配の原因は何だったのでしょうか。

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2007年1月 1日 (月)

ホームレス自立支援・ビッグイシュー

 
 明けましておめでとうございます。
 
年越しそばをつくっているうちに新しい日付になってしまいました。
2006年もあっという間の1年でした。
 
 大晦日、新年を迎える準備も午前中の掃除で終わりにしました。 
 
 ホームレスの自立支援をしているビッグイシューという冊子の販売員として中野駅北口で3年余り続けてきたSさんが、大晦日を最後に定職につきます。午後8時に間に合うように中野駅に娘と一緒に行きました。ビッグイシュージャパンの職員の方も来ていて、しばし立ち話。まだ後任の販売員は決まっていないそうです。
 
 娘から「お疲れ様」と花束を受け取ったSさんは嬉しそうに、「3年前、サンモール街に寝ていた私に声を掛けてもらって、ようやくここまできた。つい先日56歳になったんですよ。39度の暑い日が一番きつかったかな。でもここに立っていろいろな人からいろいろなことを勉強させてもらった」といつも以上に饒舌のSさんでした。

 北口の駅のコンビ二の店員さんが8時少し前、お店を抜け出してきて、「Sさん、お疲れ様。あまり吸いすぎないようにね」と言いながらタバコをプレゼント。ほかにも花束やプレゼントがSさんの周りに置かれていました。ビッグイシューの販売を続けながら、様々な人たちといい関係をつくってきたSさんの人柄が分かります。
 
 午後8時。ビッグイシューの職員、カメラマンの方たちとSさんを拍手でねぎらいました。

 
 2006年もいろいろなことがありました。
 精一杯、私なりに力を尽くしてきたつもりですが、振り返ってみると形として何も見えるものがないようにも思えます。
 
 1年間本当に沢山の方々にお世話になって今の私があることに心から感謝しています。
 
 今年もどうぞよろしくお願いいたします。

  

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2006年12月27日 (水)

庄内地方の蔵元の原酒が届きました。

  昨日は1日中、大雨。今日は4月並みの20度の気温で、強風の一日でした。
 
  ここのところずっと胃が重かったのですが、昨晩は胃が焼けたような感じでムカムカして眠れず、今日も一日中、あまり食欲もなく気分がすぐれませんでした。

  山形県庄内の蔵元で作られた原酒がOさんから届きました。殺菌もしていない生のお酒で、一升瓶にはラベルもありません。「温度の低いところで保管してお正月にどうぞ」と手紙が添えられていました。

 もう今年も4日を残すだけとなりました。

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2006年11月20日 (月)

私立幼稚園連合会60周年・父母の会50周年記念式典

 中野区私立幼稚園連合会60周年・父母の会50周年のお祝いの会がサンプラザで開かれ、次女が卒園した幼稚園の先生にも久し振りにお会いしました。記念式典後の懇親会では、同席した園長先生(神社系の幼稚園)からお話を伺う機会がありました。60年の歴史は、幼時教育への地道で誠実な取り組みが、地域で信頼されている結果であることを改めて実感しました。私立幼稚園のそれぞれの特色などをもっとPRする場があるといいですね。

 
 今日、あるMLで紹介されていたURL

http://www.youtube.com/watch?v=tQF6njmh8HM

 3分半のVTRです。ぜひご覧下さい。

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2006年11月17日 (金)

これからもいろいろとあるんでしょうね。

 自分自身をなだめようと思っても、なかなか怒りが押さえられません。人格を否定されたような(どこかで聞いたセリフですが・・・)気分です。でもO・S・Oの3氏には感謝。おかげさまで眠れそうです。

 午前中、整備中の江古田の森へ。老人保健施設など福祉施設の建設や公園の整備もかなり進んでいます。1時間余り、たくさんの野鳥のさえずりをバックミュージックに、担当課の職員や工事を進めている現場の方々に説明を聞きながら見学しました。

 夜は中野区と北京市西城区の友好20周年記念中国区民団芸術公演が中野ゼロ大ホールで3時間にわたって催されました。区民や区の関係者多数が観覧。老人クラブの役員Kさんは「思わず涙が出た」と西城区の区民のみなさんの舞台を楽しみ、西城区区民団の通訳の方からインタビューを受けました。私は終了ぎりぎりに駆けつけ、フィナーレのいいところを見せていただきました。これまでにないいい交流ができたようです。打越太鼓、手話ダンスなど区民の方々や区の職員、国際交流協会の皆さんの協力の賜物です。お疲れ様でした。
 
 

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2006年11月13日 (月)

相次ぐ自殺

 最近ではうつは「心の風邪」ともいわれ、適切な治療によって治る病気ですが、26年前、1年半の間に私は2人の身内のうつと自殺を経験しました。当時、2人ともうつの状態が半年ほど続き、心療内科に通院し医師の処方による服薬も続けましたが、苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いての死でした。発見したときのその光景が今も私の網膜に焼き付いています。 

 毎年、自殺をした人の10倍の人が自殺未遂をしているといわれ、一人の自殺者や自殺未遂の人の周りには少なくても5人が心に深い傷を負っているということです。私が周囲の人に26年前のことを話せるようになったのはつい最近のことで、自殺防止問題を真剣に考える人々の活動との出会いもありました。

 都は来年度、4300万円の自殺対策費を予算化、愛知県では3000万円、千葉県でも・・と聞いています。うつ病への理解を進めるための取り組みだけでなく、国や自治体の総合的な対策が急がれます。

 
 いじめによる子どもの自殺や関連の学校長などの自殺が相次いでいます。文部科学省へ届いた手紙も9通になったとか。そのうち4通は特定できているとのことです。苦しんでいる子どもたちを救うためにどうしたらいいのか、新聞を読み、ニュースを見ながら考えています。一方で報道によって自殺の連鎖を生んでいるとの指摘もあり、報道のあり方も問われています。

 

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2006年11月 9日 (木)

区民と区長の本音でトーク

毎日、あきれたニュースがテレビや新聞を賑わしている。
全国各地で開催されていた国のタウンミーティングは”やらせ”が発覚し、国民の声が偽装されていたことが問題になっている。報道によれば内閣府が開いていたこのタウンミーティングは計166回、1回の費用は約1100万円だそうだ。

区民と区長の本音でトーク、区の勤労福祉会館で開かれた対話集会の今日のテーマは「地域福祉活動、NPO活動の新たな担い手! ビートルズ世代シニアの地域デビュー支援」。
退職後の団塊世代が、様々な地域活動に参加し、地域社会を支える役割を担う環境づくりをし、活性化した地域にしていこうと、どこの自治体も地域デビューのきっかけづくりに向けた取り組みをしている。
今日の対話集会では2007年問題を語り合う中で、これからの新しい高齢者像を探る機会にしたいと、区内で活動するNPOなどに参加を呼びかけたようだ。ここには”やらせ”はない。ただ気になったのは会場で配布された団塊の世代に関する調査報告。東京都と足立区のものだ。団塊シニアの地域デビュー支援を本気で考えるなら、区内の調査も必要ではないだろうか。

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2006年11月 7日 (火)

懐かしい3年D組 高校のクラス会

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2年後には近くの県立高校と統合されるという我が母校,神奈川県立大秦野高等学校。現在は共学だが、当時は女子校だった。
素晴らしい秋晴れの今日、箱根のホテルで20数年振りにクラス会が開かれた。ウイークデイの開催だったので、仕事で参加できない友人も多かったが、近県在住の25人が参加。42年振りに会う友人もいて懐かしい顔、顔。みんな今年還暦とはとても思えないほど若々しくて幸せそうだ。女子高校生だった頃の思い出話、担任の和田先生は2年前に、級友も2人が既に亡くなっていること、夫や親の介護、嫁、孫のこと ・・・話は尽きない。

来年は同じホテルを会場にして温泉に入りながら、一晩中語りあかそうと幹事も決まった。

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ロマンスカー車窓から



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