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2008年3月30日 (日)

満開の桜の下でコンサート♪

満開になった桜がすばらしい花のアーチをつくっている中野通り。ウキウキするほど見事です。日曜日の今日はお花見を楽しむ人々でいっぱいでしたが3時頃から雨が降ってきて、花冷えの一日になりました。

こんな時に愛用のデジカメは修理中で写真をアップすることができず残念。

区内の桜の名所の一つである哲学堂公園でアルゼンチンタンゴのコンサートが開かれると聞き、午後から夫と一緒にお花見がてら楽しんできました♪

演奏はオルケスタティピカ・パンパの若手メンバーで結成しているチコス・デ・パンパ。ポピュラーな曲を中心にビートがきいた歯切れのいい演奏は思っていた以上にとっても素敵でした。


今日のコンサートの主催は日本体育施設グループ。2年前から指定管理者として、スタッフや利用者、地域住民が一緒に取り組むことをめざして、哲学堂公園や区の運動施設など数ヶ所の管理運営を行っています。今日のコンサートも公園の持つ魅力を生かし、利用者や地域へ楽しいイベントを提供しようと開催されたもので、今回は2回目。

コンサート終了間際には雨が降ってきましたが、アンコール曲まで席を立つ人もなく、大勢の観客はみんな心ゆくまで楽しんだようです。


タンゴが好き、楽器バンドネオンが大好きな夫はもっと聞きたいと、4月にすみだトリフォニーホールで開かれるオルケスタティピカ・パンパのコンサートのチケットを今日の演奏者から購入。またひとつ次の楽しみが増えました。

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2008年3月29日 (土)

超格安の草津温泉ツアー

を見つけたので一緒に行きませんか?と町会活動などをともにしている地域の仲間に誘われました。

1泊2食、往復のバス代も含めて5,300円!

ホントなのー?こんなに安くて大丈夫なんだろうかと半信半疑で、ネットなどで検索してみたのですが ???・・・

夫も誘ってとにかく行ってみることにしました。

28日は朝7時15分に新宿西口都庁前の超高層ビルの駐車場に集合。

ネットの写真で確認した大型観光バスにはほど遠い古いマイクロバスが集合時間ギリギリに到着して、私たちのグループの男女8名と他の乗客計17名が乗り込む。予定の7時30分を10分ほど過ぎて出発。

途中、満開の桜を見ながら4時間あまり、お昼少し前に草津温泉湯畑近くのホテルに到着。ホテルのロビーはあちこちから到着しチェックインする客の列や帰るバスを待つ200人を超える人たちでごった返し、ホテルのロビーというより駅の待合室の感じです。

荷物を置き、一同で美味しい日本そばでお腹を満たした後、温泉街を散策。骨董屋をのぞいたり、美術館をたずねたり、西の河原へ足を延ばしたり、といっても狭い温泉街のこと、すぐにひと通り歩き終わり、コーヒーを飲みながら雑談。

夕食は大食堂でバイキング。時間は50分間、2交代の入れ替え制。1回に100人は超えています。まずくて食べられないということはありませんでした。ただご飯だけは少しの温かさは残っているものの、ほとんどの料理は冷たくなっていました。

翌日の朝食は30分間の時間制限あり。やはりバイキングで2交代制。冷たいミルクが美味しくて2杯目を飲みました。

毎分1万5千リットル50度以上の温泉が噴出する草津温泉。ホテルの「大浴場」は大と呼べるほど大きくはないが温泉の質はさすが。雪がチラチラと舞い落ちる露天風呂は風情がありました。入浴時間は特に制限はなかったのでもしやイモ洗い状態?と思っていたのですが、夜も翌朝もそれほど混み合わず、これはどういう理由なのでしょう?

通された6畳ほどの部屋は畳もきれいでトイレ付き。掃除はちゃんとしてある。私たちは女性3人でしたが、通常は4人まで詰め込むらしい。クリーニングされた清潔なシーツや羽毛の掛け布団のカバーに内心ホッ! その上、布団の上げ下ろしもお任せで楽チン。

チェックアウトは翌朝9時半。バスを待つ間に名物の湯もみショーを見てお土産ものを探す。午後12時を少しまわった頃、ホテルの玄関前に来たときと同じ型のマイクロバスが新宿から客を乗せて到着。運転手さんは簡単な車内の清掃を済ませると、休憩もせず、交代もせず、私たちを乗せて新宿に向け出発。新宿に着いたのは午後4時半でした。
  

このツアーは地方の某ホテルチェーンが行っている事業です。首都圏をはじめ上越、東北、さらに名古屋など各地の鉄道の主要駅と草津や他のいくつかの温泉地で経営する自社ホテルとを結んでいます。
参加する人数に合わせて大型中型小型バスを使い分けて送迎し、料理は中国の安い食材(たぶん)を使い手間をかけず、必要最小限のサービスに徹して人件費を省き、超格安料金で空き部屋を作らないようにしているのでしょう。客は不満があったとしても「まあ5,300円だからね。」と自分が支払っている料金を考えれば何も言えません。

客が来るのをただ待つだけでなく、超低料金で対象を絞って集客する商売の仕方は、下降低迷している温泉行楽地の生き残り策として、これはこれでなかなかいいアイデアです。

最初このツアーの話を聞いたときは、1泊2食、温泉つきで5,300円などという料金でどうして商売になるのかと不思議でしたが、行ってみて集客力のすごさに驚いたし、薄利多売、ボロ儲けとはいかなくても絶対儲かっていると思いました。

今回一緒に行った仲間たちは、秋にまた行こうよと言っています。誘われたらどうしようかな?ちょっと考えま~す♪


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2008年3月27日 (木)

自宅で出産

今は病院で出産することが当たり前のようになっていますが、ここ数年、助産院や自宅で出産する人が少し増えて、これまでは全体の約1%だったのが、1.2%になったそうです。世界的にも医療に管理されたお産から、女性自らが主体となる「アクティブバース」の考え方が出てきて、助産師や助産院が見直されているようです。

山形県遊佐町に住む友人のOさんご夫婦の長女Nちゃんが、目黒の自宅で助産師さんの介助で初めてのお子さんを出産したと聞き、お祝いに行ってきました。

予定日よりも4日遅く生まれて今日で9日目。くっきりした二重まぶたのかわいい男の子です。生まれる前から若い両親が決めていた「聖(ひじり)」ちゃんと名付けられ、出過ぎるほどのおっぱいを飲み、みんなに代わり番こに抱っこされながら気持ちよさそうに眠っていました。

Nちゃんの出産を支えてくれた助産師さんは神谷整子さん。NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で昨年放映された日本一忙しい助産師といわれ、これまで助産院や自宅で600人の出産に立ち会ってきた人です。

N子ちゃんの両親は、この放送を見て感動し、こんな助産師さんの手助けでお産ができたらどんなにいいだろうと話していたそうです。

その後、娘のNちゃんから神谷さんの介助で自宅でお産をすると聞いたとき、ビックリするやら嬉しいやら、Nちゃんが神谷さんとの出会いを得た幸せを感謝したそうです。

Nちゃんとお母さんは「自宅での出産は自然にまかせたとてもゆったりとしたいいものだった」といいます。
胎内から出るとすぐに母親のお腹の上に赤ちゃんを乗せ、へその緒はすぐには切らないで、母親や出産に立ち会った父親、祖母などが触って確かめてから切る。「人生でこんなに頑張ったことはなかった。お産の痛みはもう忘れた」とNちゃんは笑っていました。

出産に立ち会ったNちゃんのお母さんは産後のケアで今も付き添っていますが、Nちゃんのお父さんは今日、山形から初めて初孫との対面にやって来ました。

「何時間見ていても飽きないねえ」と聖ちゃんを抱っこして本当に嬉しそうなお父さんを見ながらNちゃんは「父へ25年ぶりの生まれて初めての親孝行です」と照れています。

出産にも立ち会った聖ちゃんのお父さんは、仕事が終わると即帰宅。授乳に不慣れなNちゃんに介添えしたり、オムツを替えたりと育児に一生懸命。今の若い男の人たちは気負わずに何でも自然流にこなしていていいなあと、私は自分自身の子育て時代を振り返りながらうらやましい気持ちで眺めていました。


Nちゃんの自宅出産、そして昨夜観た映画「終わりよければすべてよし」を通して、人がこの世に生を受け、最期を迎えるときまで、本当に人間らしく生きることを「命の輝き」という観点から捉え直していくことを改めていろいろと教えてもらったように思います。

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2008年3月26日 (水)

終わりよければすべてよし

という羽田澄子監督のつくった映画を観ました。昨年秋に続き2度目です。

生活クラブ生協運動グループの一つ、NPO法人「アビリティクラブたすけあい」が地域の中でたすけあいの文化を創りたいと活動してきた15周年を記念して「最期まで地域・在宅で暮らし続けるために」というテーマのもとで、上映されたものです。患者の自宅に往診する医師に同行して、最期のときを迎える患者と家族にカメラを向けた記録映画です。

この映画のポスターに書かれているように、すべての人にとって死は避けられないものですが、自分自身がどのような死を迎えるかは誰にもわかりません。現在の日本では80%の人が病院で死を迎え、自宅での死は11%だそうです。

日本での先進的な在宅医療の取り組みは全国的に増えてはきているようですが、たとえ自宅での安らかな死を望んだとしても、往診してくれる医師は少なく実際にはなかなか難しい状況です。

13年前、兄の胃がんの末期、何とか在宅医療で最期をと考え、当時在宅医療のパイオニアとして知られていた川越 厚医師を友人に紹介され訪ねたことがありました。まだその頃は在宅医療って何?という時代でしたし、兄の家族もそこまでの決断はできず、川越医師に相談はしたものの、結局、最期を迎えるまで自宅に近い大学病院に入院したままでした。

兄は自らの死を予感していたのか、見舞いに行く私たちにしきりに寂しさを訴えました。でも面会時間がくれば否応なく家族と引き離され、寂しがりやの兄は病室でひとりつらい夜を過ごしたのだろうと今でも涙があふれます。

私の周りでも病院で身内の最期を迎えた時の状況に懐疑的な人はとても多いように思います。

監督の羽田さんは「日本の医療の中には人間の死についての思想が欠如しているのではないか。死は誰にでも確実に訪れるが、医療は死を敗北としかとらえていないのではないか」といいます。

老いた親への虐待が社会問題になっています。特に息子からの虐待が急増しているのだそうです。在宅を重視したはずの介護保険の創設であったのに、2006年の法改正ではサービスを使えない不安ばかりが多くなりました。福祉の充実はどこへいくのか・・・

羽田澄子監督は、安心して老いることができるよう日本の現状を変えるためには「まずは市民が声をあげること」が大事だと映画の最後に訴えています。

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2008年3月21日 (金)

春彼岸のぼたもち

2~3日ほど前にちょっとした動作で首をひねり、首から背中にかけての筋の痛みが続いていて、いくつかの予定をキャンセルしましたが、今日は少し痛みも遠のいてきました。

春のお彼岸に初めてぼた餅を作ろうと買っておいたもち米とあずき、黄な粉などが気になっていました。母や姉がつくってくれた春のぼた餅、秋のおはぎは忘れられない味ですが、この頃は買って食べるだけになってしまいました。

義妹からお昼頃に仏壇にお参りに来るという電話をもらっていたので、昨晩、準備を整え、朝からぼた餅づくりに挑戦!

初めてなのでお米は2合で。出来上がったぼた餅は14個。大きさはバラバラになりましたが、なかなか美味しいぼた餅が出来上がり仏壇にお供えしました。義妹や家族にも大好評。

早速写真を撮ろうとカメラを取り出したのですが、画面が真っ白になっていて写せません。

肝心なときにこのカメラはホントに!sad

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2008年3月19日 (水)

10,997人が巣立った六中の最後の卒業式

今年4月から十一中と統合する六中の最後の卒業式が行われました。創立から60年。今日、卒業証書をもらった最後の卒業生は43人。60年間で10,997人が巣立って行きました。夫や子どもたち2人もその中に含まれています。

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ここ数年、涙、涙の卒業式になることが多かったので、今回は最後だし、どうなることかと思っていました。特に感傷的でもなく終えましたが、知り合いの家のお子さんを発見して、もうこんなに大きくなって・・・と感慨にふけったり、身の置き所がないように泣いている男子生徒を見ていたら、こちらももらい泣き・・・。

学校長の斉藤直子先生の挨拶はいつもいい。今日も卒業生への祝辞はとても分かりやすかった。
今どきの目を潜めるような風潮への容赦ない叱咤と「メシは自分の金で食う。食うために働く。そして働いただけ食う。人間としての最低限の尊厳を守るというのは、つまりそういうことだ」と自身の考えを述べました。

斉藤先生は六中では今年度1年間だけでしたが、子ども達に対しても、また地域の会合などに出てもはっきりとモノを言うタイプで、その小気味よさに好感を持っていた人は多かったと思います。

毎年卒業式で歌われる「大地讃頌」「巣立ちの歌」「旅立ちの日に」に加えて、今日は最後だからでしょうか、「ふるさと」も。卒業式で歌われることは滅多にありませんが、しみじみと聞きました。心を打たれるのは歳のせいだけでしょうか。

25日には六中の閉校式が行われます。

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2008年3月17日 (月)

地域支えあいの力を高めるために

2007年に全国平均が21%だった高齢化の割合は、2015年で26%、その10年後の2035年には31%強になることが予測されています。

2008年1月現在の中野区北部エリアの高齢化は19.2%。一人暮らしの高齢者は4,334人。自殺や高齢者虐待も増え、孤独死も深刻です。

今日は中野区北部生活圏域の町会や民生委員などを対象にして、「地域の支えあいの力を高めるために」支えあいネットシンポジウムが開かれ、丸山町会、江古田ボランティアネットワーク、NPOリンク東山の3団体から、地域での活動と今後の取り組み課題についての事例報告と中野区保健福祉審議会・地域支えあい部会の座長である法政大学現代福祉学部の宮城 孝さんのお話を聞きました。

高齢化やマンパワー不足ということではどの団体も同じ悩みを抱え、広報の工夫、団体や個人への協力依頼を細々と続けながら頑張っている様子がよく分かります。発表者はどの団体の方も70代。すごいなあと思います。

中野区が数年取り組んできた高齢者支えあいネットワークの「元気でねっと」は、登録メンバーの支える人・支えられたい人とのバランスが取れず、今年度から活動が休止になっています。こうした活動の継続が難しいのは中野区のような都市部だけの問題ではありませんが、「元気でネット」がなぜポシャッてしまったのか検証もせずにまた新たな事業展開を進めることは難しいと思います。

市民の自治によるまちづくりが必要なのは言うまでもないことですが、中野区は現在事業の地域展開といえば、何でも町会にという偏り現象が続いています。どこの町会も高齢化が進み、組織率は50%以下、活動の人材も不足しており、いつでもどこでも「金太郎飴」という状況の中で、次々と出されてくる区の提案に町会は期待に応えたいとは思っても、実際はオーバーフローな状態です。地縁組織の町会頼みだけでなく、もっと広範な区民を組織化していくことが必要です。

今日の講師である宮城さんは、高齢化社会へ突入するこれからの地域と福祉の問題への対応について、温かいメッセージを絶え間なく送り届けることの大切さ、地域の人々がお互いを理解しあうために、町会と民生委員の協力、民生委員とボランティアの協力など、地域の団体相互、また専門機関との協力関係を築くことの重要性を説いていました。

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2008年3月16日 (日)

河津桜を飾る

毎年、春を心待ちしているこの時期に河津桜が届いたときの嬉しさは格別!

下田にお住まいの長女の知人から、「寒い寒い2月で、雪が3度も降り、花もやっとのことで咲きました。お待たせ・・・」の手紙が添えられ、今年もお宅の庭に咲いた満開の河津桜が菜の花、クリスマスローズと一緒に送られてきました。

花瓶や好きな器に活けると家の中が華やいですっかり春!幸せな気分です。♪

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2008年3月13日 (木)

天日干しアジの干物

ベランダに注がれる日差しがポカポカと暖かくあまりにも気持ちが良かったので、この日差しならアジの干物が美味しくできるのではないかと思い立ち、昨日の夫の釣果のアジを開いて薄塩で干してみました。

干物を作る道具の網が見当らなかったけれど、3尾だけなのでそのまま金網のざるに乗せてベランダで数時間。写真を撮ったら包丁さばきがイマイチだったことがバレました。

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でも夕飯の食卓にのせた天日干し自家製アジの干物はやっぱり市販品とは一味違いました。

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2008年3月12日 (水)

シンビジュームにかわいい蕾が・・・

暖かい毎日が続いています。すっかり春の気配です。これから暖かい日と寒い日が交互に訪れて本格的な春が来るのでしょう。

昨日、数年前にいただいたシンビジウムにたくさんの蕾がついているのを発見!鉢を日陰に置いて、時々の水やりだけだったのに・・・。花が咲くのはいつ頃になるのか楽しみにしています。

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2008年3月11日 (火)

がん保険

「俺はがん保険に入っているから、がんになっても安心だ」 13年前からがん保険に加入している夫は、いつもそう言ってました。

ところが実際に前立腺がんの診断を受けて治療を開始し、給付を申請したら、夫が加入していたがん保険ではもらえると思っていたものがあれもこれもダメなことが分かったのです。

がんと診断された時にもらえることになっている「がん診断時給付金」は、満額給付は65歳までで、夫は既に2年過ぎていたので、何と給付は半額になっていました。

35日間(放射線照射のみ)の通院治療を受けたので、その分の通院給付金が支払われると思っていましたら、これもダメ!なぜなら通院給付は、手術入院の前後の通院に限られ、放射線照射を受けるだけの治療の通院は対象にされず、給付金はゼロでした。がんの治療は手術が前提なのです。

加入時に説明を受け、なおかつ約款をきちんと読んでいたとしても、実際にがんになってみないと書かれている内容が理解できていないことがよーっく分かりました。

保険会社は、主治医に頼んで何日か入院させてもらったらどうか?とアドバイスをしてくれましたが、「1日、数分間の放射線照射に入院も何だかなあ・・・」と夫は入院せずに通院治療を続けました。

友人のファイナンシャルプランナー、S生命保険会社のKさんのお話によれば、「がん診断時の給付金だけを大きくもらえるようにしておくといいんですよ。僕なんか・・・・・・・・円もらいましたから。」 
Kさんが大腸がんの手術をされたのは4年くらい前だったでしょうか?給付金額を聞いてビックリ!さすがです。Kさん!!

いいこと尽くめのがん保険のテレビコマーシャルが頻繁に流されていますが、よくよく内容を考えて加入した方がよさそうです。

ご希望の方はそっと私にご連絡ください。Kさんにお繋ぎしますョ ♪♪

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2008年3月10日 (月)

医師と患者の治療法の合意

夫の前立腺がんについて書いたブログを読んだ方から電話をいただきました。どちらの方か、お名前は分かりません。でもとてもご心配の様子でした。

その方の夫が前立腺がんの診断を受け、担当医から「腹腔鏡手術をします」と言われ、日程も決まっているそうですが、できれば手術は避けたいと毎日悩んでいて、ご本人はノイローゼ寸前とか。同じ60歳代でも夫よりずっとお若いようです。

通院中の病院は夫と同じですが、担当の医師は違います。夫の場合はK大学病院の前立腺腫瘍専門医の一人で、がんの診断時はもとよりその後の対応についてのインフォームド・コンセントは私たち夫婦が納得できるものでしたが、電話の方の場合は医師が一方的に決め、患者との間で治療法についての合意ができていないのです。

前立腺がんと言うと、ほとんどの人が、「年をとった男性には多いらしいし、進行も遅く手術して取ってしまえば大丈夫なんでしょ?」と軽く言います。日本では3人に1人はがんにかかると分かってはいても、がんと診断された本人にとっては晴天のヘキレキなのに。

日本のがん治療は、まず手術をして、その後放射線やホルモン療法というのが一般的のようですが、放射線医療、緩和ケア専門医の東大病院准教授、中川恵一さんの著書などによれば、今、欧米ではまず手術ではなく、放射線治療が標準的な治療となっているといいます。もちろん、治療法の選択は患者によってがんの進行度やがんの種類、年齢も立場も違うし、ひとくくりにはできません。

昨年も書いたのですが、夫の担当医は夫と私に前立腺がんを告知した後、その後の対応及び治療の選択肢について、
1、このまま何もしない
2、ホルモン療法
3、手術 (開腹or腹腔鏡)
4、放射線治療
の4点とそれぞれの治療後に出るかもしれない副作用、また後遺症についての説明を行い、
「前立腺がんは進行が遅いのですが、80歳を超えているならともかく、ご本人の67歳という年齢を考えると、このまま何も治療をしないという選択はないだろうと思いますし、ホルモン療法はがんを完治させることが難しいので、1と2は積極的には勧められません。3か4のどちらかの選択がいいのではないかと考えます。」と専門医としての見解を話されました。

さらに、「私への質問には何でもお答えします。また今はインターネットや出版物などで情報がたくさん取れます。ご主人の人生ですから最終的にどのような治療法を選ぶかはご主人がお決めになることですが、ぜひご家族も一緒に調べて相談なさってください。」と明るく締めくくったのです。

検査からずっと不安な毎日を過ごしていた私たち夫婦にとって、信頼できる医師に出会えたことは本当に良かったと思います。

娘たちも一緒に本やインターネットなどで情報を得た結果、夫は放射線照射を選択し、35日間の通院による治療を受けました。トモセラピーによる治療がいいのではないかとも考えたのですが、病院が遠いことや治療を受けるまで3ヶ月以上も待たなければならないため、本人はやはり不安で待ちきれなかったというのが実情でした。

夫の場合、急性の副作用は頻尿、膀胱炎、尿漏れ、倦怠感、一時的ですが食欲不振、また常に下半身に違和感のある症状が出ました。照射後も2ヶ月ほどは頻尿、下半身の違和感が続きました。現在は全くありませんが、照射後6ヶ月くらいに直腸からの出血など慢性の副作用が出るかもしれないと放射線担当医から言われているので、その不安は残っています。


夫のPSA検査の数値は、放射線治療が始まった9月14日で7.1でしたが、治療が終了した11月6日で5.78になっていたことが、今年2月の診察日に分かりました。2月の診察日の検査の結果は5月の通院時に知らされますので、いずれも3ヶ月のタイムラグが生じています。

手術の場合は割合早く結果が出るということですが、放射線治療を受けた場合は、照射が終わって6ヶ月後にようやく治療の結果が出てくるのだそうです。5月にはさらに数値が下がっているよう祈る毎日です。

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2008年3月 9日 (日)

新警察病院の内覧会

中野駅北口から徒歩10分ほどの警察大学校跡地に建設され、来月に開院が予定されている警察病院。近隣の住民は近くに設備の整った大きな病院ができることに、とても安心感が湧くと開院を心待ちしています。

先月から各方面への内覧会が行われていると聞いていましたが、9日の今日は午前・午後の2回、1時間ずつ近隣住民対象に行われています。

町会の人たちと入り口で待ち合わせ、午前の部へ参加しました。対象は限定された地域と聞いていたのですが、入り口の待合室にはどのくらいの人数か分からないほど多い見学を待つ人たちでいっぱいでした。案内をしている警察病院関係者も「予想していた以上の見学者に嬉しい悲鳴!」と話していました。

最先端の医療機器が揃った診療室や検査室には、都内で1、2の病院にしかないというブラキセラピーのほか、リニアック、ガンマカメラ、MRI(3.0テスラ)、64列マルチスライスのCTなどが揃っているそうですが、それらは見学できませんでした。

ホテルのような特別室をはじめ、見晴らしが良く明るい病室には、「ここなら入院もいいね」と見学者から感想が漏れました。

警察病院利用者の2割が警察関係者で、8割は一般だそうですので、地域の人たちもいつでも診てもらえるという説明に安堵した様子でした。

内部の撮影は禁止されていましたので、外から建物を撮りました。

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早稲田通りからの病院入り口。

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警察病院の建物のエントランス。


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2008年3月 8日 (土)

母校は再編統合のため閉校。

母校が神奈川県高校改革推進計画により、再編統合されるため今年3月末に82年の歴史を閉じます。4月からは同じ秦野市内にある高校と統合され、県立秦野総合高校として再出発します。

3月8日、校舎とのお別れの日として部活の見学や記念品の展示など、卒業生や地域の人たちに学校が開放されました。

43年前の卒業生の私たちも誘い合って3年D組のクラスメートと行ってきました。学校を訪れるのは40年振りです。当時の3年D組の教室は使われていない様子で入れなかったので、隣の同じ教室でみんな当時の自分の席に座る。カメラを向けると笑顔がはじけ、何だか女子高校生に戻ったようでした。あんなこと、こんなこと・・・次々と出てくる思い出話は尽きない・・・。

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閉校される母校の校舎内のあちこちを、懐かしさと寂しさが入り混じった複雑な気持ちで歩きました。

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展示された記念品の中に、43年前の私たちの卒業アルバムを発見!3年D組のページを開いてみる。

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中庭から見上げた青い空と白い雲。あの頃と変わらない景色を心の奥ににとどめておきます。


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2008年3月 6日 (木)

国産素材の食卓

環境汚染や温暖化を招いたのは他ならぬ私たち自身、という認識はあるのですが、実際に毎日の暮らし方を変えるということは頭で考えているほど簡単なことではありません。

一日にゆとりの時間ができて落ち着いた生活になって、食生活ではようやく食材も冷蔵庫で腐らせることなくほぼ使い切ることができています。必要以上に購入しないことを心がけ、お料理一品の量を作り過ぎないよう加減をしたり、残ったものを別料理にしたりとそれなりに工夫をしているのですが、なかなか難しいです。これからもまだまだ工夫の余地は大!です。

我が家では生活に必要な消費財のほとんどを生活クラブ生協から購入しています。申し込みは2週間ごとの予約購入で、一般の消費財は週に1度の配達。牛乳・パンは別便。

下の写真は今日配達された食材。野菜も豚肉も鶏卵もすべて国産。しかも向こう側に作り手の顔がちゃんと見える安全性重視、こだわりのものばかりです。ただ問題は包装材。鶏卵はリサイクルできる紙製ですが、あとはほとんどがプラスティック系包装材。汚れは洗って分別して回収に出していますが、課題は大きいと思っています。

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ほうれん草、小松菜、大根、人参、ごぼう、かぶ、玉ねぎ、キャベツ、長ねぎ、とまと、白菜、いちご、まいたけ、根しょうが、冷凍のしらす干し、紅鮭、うなぎの蒲焼。豚肉、牛肉は冷蔵品。鶏卵、切干大根、豆腐、もち米。加工品は冷凍の焼売。肉類は多過ぎた。お豆腐はまとめ買いができないので、毎週買い足す。もち米はお彼岸につくるおはぎ用で2kg入り。

この野菜や冷蔵品、冷凍品を新たに冷蔵・冷凍するために、今晩の夕食の一品に冷蔵庫の中に中途半端に残っている数種類の野菜をベーコンと一緒に煮込んでコンソメ仕立てのスープにしました。
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本来なら、毎週配達される日の前日までに冷蔵庫も冷凍庫も空っぽになるくらいに使い切る計画購入が必要だと思ってはいるのです。でも冷蔵も冷凍も中が空き空きになってくると何か不安になる、そういう意識を変えないといけないことも分かっている。まっ、仕事をしていた時に比べれば外食回数は激減しましたけど、急に家族で外食なんていう日もあるし・・・。

生活の価値観を変え、環境に配慮した心地よい暮らしにつなげられたらいいなと思いつつ、道は険しい・・・。

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2008年3月 4日 (火)

観光バスで東京見物の気分!

春の香りが漂うようなすっきりとした青空が広がる一日。恒例の日赤野方分団の見学会の今年は、日本赤十字社の活動の前身である博愛社発祥の地やゆかりの人々の足跡を訪ね、芝大門の赤十字情報プラザで資料展示の説明を聞くなどのプログラムが組まれ、野方地域で活動する35人が参加しました。2008_03_04_20080304_007
赤十字情報プラザ

日頃は飯田橋、上野、銀座、芝、広尾、青山、表参道などの通りを観光バスで通ることなど滅多にないので、いつもとは違った目線でまちを眺める。何だか今日は東京見物の気分!


広尾や青山では、さして広くもない道路に観光バスを横付けすると、通る人たちが何の団体?という顔でけげんそうに見ている。後ろの方で誰かが、「そりゃそうよ 皆びっくりするわよね!おばさんやおばあさんばかりの集団が東京きってのおしゃれなまちをドヤドヤと歩いているんだから」と言って、皆、大爆笑!

上野公園ではちょうど見ごろの紅白の梅や、もう咲き始めたヒガンザクラが訪れた人々の目を楽しませていました。


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上野公園のヒガンザクラ。

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2008年3月 3日 (月)

桃の節句

弥生 3月。ひな祭りの今日は鮭といくらの親子寿司、新井薬師商店街の美味しい貝を売るお店で買ったはまぐりのお吸い物、菜の花のおひたし、きんぴらごぼう、白菜の漬物、昨日たくさん作りすぎた具沢山のひじきの煮物、おととい炊いたぶり大根の汁の煮こごり・・・ひとつひとつの美味しさをゆったりと味わいました。

10数年間、この時期は予算議会で頭がいっぱいの毎日でしたから、こうした季節の行事は人ごとのようにどこかに忘れたままだったような気がします。


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桃と菜の花、麦の穂を漆の鉢に活けて玄関に飾ったら結構いい感じ。西武池袋線練馬駅西口の「小さな花屋」で〆て680円!

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新井中野通りの有機野菜専門店の「菜の花」は茹でただけでもほろにがさだけでない美味しさあり。

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利尻の昆布を5~6時間水に浸して「だし」をとった蛤のお吸い物はやっぱりひと味違います。蛤は小さいけれど、なかなかの味!蛤のお吸い物は、開いた貝の両方に貝の身を乗せるのが正式らしいのですが、強くひっついていて取れないので2つの蛤を盛っちゃいました。


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2008年3月 1日 (土)

さくらちゃんの笑顔

3月に入った週末、Uさんご一家の連名で、写真付きのはがきが届きました。

Uさん?はて、誰だろう??

「旧年中はお世話になりました。皆様のご支援により2006年12月に渡米、翌月にドナーとなられた方のご家族のご意思により娘さくらはカリフォルニア州の病院で心臓移植を受けることができました。経過も順調で去年9月に帰国しました。新年を迎え家族3人で生きる喜びをかみしめています。皆様のご厚情に心より御礼を申し上げます。」の文面に加えて、「おかげ様ですっかり元気になり、毎日活発に遊んでおります。もうすぐ6歳になります。ありがとうございました。」の添え書きがありました。
 
公園でくつろぐ幸せそうな親子3人の笑顔いっぱいの写真を見ながら、ああ、あの、さくらちゃん!と納得。

当時、新聞や雑誌でもさくらちゃんの病状や治療費に関することなどが報道されました。私たちはさくらちゃんご一家を直接は知りませんが、さくらちゃんのご両親が夫の元職場の後輩です。元職場の同僚や退職した職員で組織する旧友会のメンバーが、さくらちゃんの心臓移植に関わる支援を積極的に行っていて、私たち家族もささやかながら支援をさせてもらいました。

Uさんご家族は、莫大な金額の医療費を大勢の方々から支援をうけたことを、ネットなどで一部の心ない人から中傷され、苦しんでいると雑誌の記事で読んだことがありました。どんな思いでおられるだろうと、遠くから心配していました。

でも今日、元気になって幸せそうな笑顔のさくらちゃんとご両親の姿に、心からホッとしました。


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