「自殺」を隠された死から語れる死へ
気が付けばもう1月も終わりに近い。
一日が本当に早く過ぎて行く。
24日の午後、地域の自殺対策を進める活動をしている地方議員有志の会が新宿で開かれた。
自殺対策基本法成立に向けて活動を進めていた横須賀市の藤野英明議員の呼びかけでスタートした一昨年から、年に2回ほど東京、神奈川、宮城、京都、大阪などから集まって学習会を行ったり、それぞれの議会質問や自治体の取り組み状況などの情報交換をしている。当初からのメンバーだった私も参加させてもらった。
今回は
1、昨年12月に神奈川県平塚市で全国初の自殺対策のための条例を議員立法で成立させた江口友子議員から制定過程について話を聞くこと、
2、自死遺族の悲しみを分かち合おうと「藍の会」を立ち上げ、自殺防止に向けた活動を進めている仙台市の田中幸子さんを招いて話を聞くこと。
が主な内容。
平塚市議の江口さんの取り組みは議会の他の議員への働きかけ、連携が成功したいい例として学ぶべきものがたくさんあったし、田中さんはご自身も息子さんを自殺で亡くされ、自死遺族の悲しみを分かち合おうと活動を地域で広げているお話からは自死遺族を支えていくための活動のあり方など、今後の課題も含めて受け止めた。これから私自身が地域で自殺防止対策を進めるための活動に生かしたいと考えている。
日本の年間の自殺者は昨年までの9年間、毎年3万人を超えている。
介護疲れ、多重債務、いじめ、過労によるものなど、ほとんど毎日、自殺についての報道がある。
国内の交通事故死は2006年がおおよそ6300人で自殺者数の5分の1だ。
自殺率(人口10万人あたりの自殺者数)はアメリカの2倍、イギリスの3倍。
日本は先進国の中で自殺者が群を抜いて多い。
この10年間の日本の自殺者は我が中野区の人口と同じ30万人。中野区と同じ人口規模の自治体が無くなったということと同じだ。
その中野区でも区の統計から見る自殺者は年間60人、2006年までの10年間で600人を超えている。
でもそうした現実を知る人が少ないのは、まだまだ自殺が「勝手な死」とみられていること、そして自殺が隠されているから。
身内の自殺は「恥」という意識が根強いため、多くの遺族は深い悲しみの中で誰にも話せず自身を責め、トラウマを抱えて生きている。
今、ようやく日本でも自殺を「自殺する個人」の問題だけに止めるのではなく、「自殺する個人を取り巻く社会」に関わる問題として取り組むべきだという考えが主張されるようになり、一昨年6月に自殺対策基本法が制定され、国や自治体の取り組みが少しづつ進められるようになった。
「自殺は避けられる死」であるという認識のもとで行う総合的な対策が必要だ。
30年前、私は1年半の間に2人の身内を自殺で失った。
うつを病んだ2人の身内の通院に付き添い、1人とはともに暮らしながら自殺を止めることができなかった。
2人とも生きることに苦しんで、苦しみぬいた末に自ら命を絶った。
ともに暮らした身内の自殺の第一発見者は私。
その時の光景は今もまぶたに焼きついたまま消えることはない。
自責の念からも開放されていない。
私が身内の自殺について話せるようになったのはここ2~3年のことだ。
自殺防止に向けた活動をしている、NPO「ライフリンク」の集会に参加したことがきっかけだった。
親を自殺で亡くした青年が、自分を責め苦しみながら、同じ思いをする人を少しでも減らすために重い口を開いているのを目の当たりにしてからだ。
しかし他の人に話せるようになったのは私だけ。
30年を経た今もなお残された身内の者の悲しみや苦しみに変わりがないことを知ったのは、つい2ヶ月前の晩秋の旅先だった。
夫も未だ口を閉ざしたまま語ることはない。
私とはまた違う苦しみを胸の内に押し込みながら耐えているのだろう。
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