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2007年12月31日 (月)

どうぞよいお年をお迎えください。

2007年も今日一日で終わる。

4月の選挙の結果を受けて8ヶ月、順調にいっていたらきっと通り過ぎてしまっただろうと思われることから学んだことが多く、私に必要な結果だったと今は思えるようになった。

家族、親戚、友人や知人からの温かい言葉や心遣いが何より嬉しかったし励まされた。

そして時間にゆとりのある生活は忘れがちだった四季折々の行事や旬の食べ物を思い出させてくれて、心豊かな日々を過ごせたことを深く感謝している。


特に政治活動はしなかったが、中野区主催のシンポジウムや講演会、学習会、傍聴可能な委員会への参加や環境問題、子育て支援、市民自治などの区外の学習会へ参加したり、情報に疎くならないようにしている。町会や日赤など地域活動へも積極的に参加している。


心配した夫の前立腺がんは放射線治療の副作用も収まり普通の生活に戻ってきた。太公望としても少しづつ復活している。

好きなお酒を飲めなくなった時期があったが、年末には小学校の同級生との忘年会で久々に酔っ払って午前様。以前だったら皮肉の一つも出る私だけれど、元の体に戻った証しとホッとしたり・・・。


今年は思いもかけず本当にいろいろなことがあった。
来年はどんなことが待ち受けているのだろう?
地に足をつけてしっかりと前を向いて歩きたいと思う。


今年も本当にたくさんの皆さんにお世話になりました。
どうぞ皆様、良いお年をお迎えください。
また来年も宜しくお願い致します。

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2007年12月29日 (土)

年末恒例の夜警

ここのところ野方地域で放火事件が度々起きている。
大事には至らないで済んでいるが、地域ぐるみで防火への取り組みが進められている。


毎年行われる年末の夜警は25日から始まり今日で終了。
今日は雨の中を濡れながら町内を歩いた。

拍子木の音が響くと家の中から「ご苦労様!」と声がかかったり、「ありがとう!」と窓を開けて叫ぶ幼な子や道で出会った方のにこやかな会釈に励まされ、「火の用~心!」の声も一段と大きくなる。

本当はもっと遅い時間帯で行うほうがいいのだけれど、うるさいという声もあり早めの時間帯にしているのだそうだ。

今年は初めて5日間通しで参加した。

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2007年12月24日 (月)

義母のクリスマスイブ

義母が50歳の時のクリスマスイブに誰にも言わず一人ひそかにキリスト教の洗礼を受けていたことを、29年前、61歳で亡くなる直前に義母自身から聞いた。

「50歳を迎えて私の人生を振り返ってみたら、自分を無にして夫と子どものための日々を過ごしてきた。自分の人生を生きてこなかったことに初めて気づいたの。改めて自分の残りの人生を神様の下で生きたいと思って」
曹洞宗の寺で生まれ、自らも得度をしていた義父には話せなかったようだ。

良妻賢母を絵に描いたような義母で、姑としても何一つ文句のつけようがなかったけれど、自身の内面では深く苦悩していたことを知った。当時3人の幼子を抱えていた私にはゆっくり話す時間はなかったが、もっと話をしたかったと今しみじみと思う。

時々、ふと思い出して母の好きな賛美歌を口ずさむことがあるが、ここ数年、義母のクリスマスイブを素通りしてしまっていたことに気づいた。


12月の始めにクリスマスオーナメントを飾った。
いつも気ぜわしく毎日を送っていて、年末はお正月を迎える準備をするのがやっとだったから、クリスマスの飾りを楽しむゆとりがなかったので本当に久し振りだ。

友人の手作りやお土産にいただいたもの、旅行した時などに買った小さなものばかり。手持ちの中からいろいろ整理をして気に入ったものを選び、娘と一緒に飾り付けを楽しんだ。

今晩、家にもサンタさんは来てくれるでしょうか?

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フェルト生地にアップリケ。ビーズ、スパンコールで飾った友人の手作り。27~8年飾っている。

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30年我が家にいるろうそくのサンタ3人。左は松ぼっくりに色を着け金と赤のビーズを貼り付けた私の手作り品。

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ヘルシンキの雑貨屋にあったサンタ。松ぼっくりに綿をつけ、帽子をかぶせたもの。

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背丈5cmほどの陶器製の聖歌隊。表情が愛らしい。

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小さいほうは背丈1.5cmのミニサンタ。10年前スウェーデン・マルメの雑貨屋で買った台湾製。

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ベネチア土産のガラスのツリー。

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HOLME GAARDの96年・97年のイヤーボトル。

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山本孝史さんの死を悼む

23日朝のテレビニュースで民主党参議院議員の山本孝史さんの訃報を聞いた。
とうとう・・・
胸がキュンと痛かった。

山本さんは自身ががんであることを公表し、がんと闘いながら参議院議員として昨年同時期の「がん対策基本法」「自殺対策基本法」の成立に尽力され大きな功績を残された。

この夏の参院選で比例区の山本孝史さんを含む民主党の8人の候補者の公選はがきを友人、知人から受け取ったけれど、最終日新宿での山本さんの街頭演説を聞きに行き、私の比例区の1票は山本さんに投じた。当確が出たのは開票が始まって8時間ほど経った翌朝5時近くだった。ホッとして眠りについた。

今、様々なサイトで静かにその死を悼む声が続いている。


ライフリンクのMLには何人もの方々のコメントが寄せられていた。
あるジャーナリストは次のように報告している。

「孝史さんは、夫人に看取られて、
22日夜11時50分、
穏やかに、眠るように、息を引き取られたとのことです。
その日は、ヒゲを剃ってサッパリした表情。
秘書さんは安心して病室をあとにしたとのこと。

救いは、念願だった著書
『救える「いのち」のために-日本のがん医療への提言』
(朝日新聞から年明けに配本の予定)の試し刷りが、
21日(金)枕元に届き、
それを見届けて、安心して旅立たれたとのことでした。」

心から山本孝史さんのご冥福を祈っています。


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2007年12月 9日 (日)

義父の愛用した品

明治40年、栃木県大田原市の曹洞宗の寺で生まれた義父が肺がんで亡くなって今年で30年。12月9日が命日だ。寺は継がなかったが得度はしており、「素白」という法名も持っていた。

映画の製作を仕事にしていた義父はおしゃれで多趣味で何でも手作りする器用な人でもあった。

一緒に暮らしたことはなかったが、いつも私たち家族のことを気にかけてくれた。

義父が好んで使っていた品々を私たちは今使いこなせていない。ゆえに「飾り物」として我が家のインテリアの大事な位置を占めてもいる。

義父の生前の写真は仏壇だけでなく、幼かった頃の夫とのツーショットや子どもたちとの思い出のものなど、いつも家族と一緒の居間にあり、私たちを毎日見守ってくれている。


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晩年愛用していた猪口。


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義父がいつもお香をくゆらせていた香炉。使い方もイマイチよく分からず使うゆとりもない現在の私たち。


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銀座トラヤ帽子店製のソフト帽。小さすぎて誰にもサイズが合わない。


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ライカM3。昨年50数年振りにメンテナンスに出してカビのはえていたレンズズミクロンを換えたが、デジカメ愛用の私たちにはやっぱりもったいない。


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昭和7年義父の大学卒業記念の時計。使いたいのだが時を刻む音が大きすぎて・・・。


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ヘビースモーカーだった義父が愛用した灰皿。時々訪れる甥や次女が使う我が家の唯一の灰皿。みんなお魚さんの灰皿と呼んでいる。


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義母が愛用していた義父手作りの裁縫箱。現在は私が使っている。


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4人目の孫(姪)の誕生に合わせて義父が造った椅子。

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2007年12月 4日 (火)

華麗で勇壮 ! 秩父夜祭へ

一度見たかった秩父夜祭に行ってきた。300年の歴史を持ち、京都の祇園祭り、飛騨高山祭りと並んで日本三大曳山(ひきやま)祭の一つといわれているそうだ。

秩父の駅に降り立つと山の町らしいシンとした空気が心地よく、駅前から祭り一色。先ずは屋台のビール・熱かんで乾杯!

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天気予報では降水確率が高かったので、ホッカイロを衣服に3枚張りつけ靴の中にも敷いて万全の構えで出かけて行ったけれど、ちょっとオーバー気味?

すごい人混みの中だから近くでは見られないと最初からあきらめていたのに、秩父神社にお参りをして通りに出ていくと、後ろから押されて交通規制中の列に入り込み同行者5人、なんと最前列で見物!

極彩色の彫刻で飾られた6台の屋台(山車)が大勢の曳き手によって町中を練り歩く。冬の夜空に打ち上げられる花火とともに勇壮な祭りを楽しんだ。

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帰途に着く直前の40分間、駅前の居酒屋でいのしし鍋を囲み、いわなのお刺身、きのこ汁でまた乾杯。大笑いの珍道中!秩父出身で今回の祭り見物ツアーの案内役、木村さんに感謝。

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2007年12月 1日 (土)

晩秋のイルミネーション輝くまちを歩く

小春日和の一日、のんびりとあちこちの紅葉を楽しみながら歩いた歩いた・・・5時間。

信濃町で電車を降りて、外苑、赤坂・東宮御所の紅葉を見ながら赤坂離宮の南門、西門を経て正門前へ。あいにく修繕工事中で離宮の建物は組み木とシートに覆われて何も見えず素通り。

遠くから紀尾井町の桜の葉や銀杏の色づきを眺めながら、赤坂御用地の東に沿った紀の国坂を下る。この辺りの人通りは少なくジョギングにも好適地のようだ。汗をかいている人たちにもたくさん出会った。

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途中、虎屋本店地下にある虎屋菓寮で美味しいお煎茶とあんみつで一服。
ガラスの鉢に盛り付けられたあんみつの寒天、赤えんどう、求肥、こしあん、黒蜜とどれも厳選された素材ばかり。正に絶品のあんみつだった。こんなに美味しいあんみつを食べたのは初めて。

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その後、青山通りをブラブラしながら外苑絵画館前の銀杏並木へ。人、人、人でいっぱい。
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銀杏も見ごろは過ぎている。並木の中を歩くのは止めて表参道へ。

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さらに明治通りを左折して渋谷まで歩く。

日暮れから輝き始めたイルミネーションに目を奪われながらこの時期の何年振りかのまち歩きを楽しんだ。

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